ディープフェイク ニセ情報の拡散者たち ニーナ・シック著

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ディープフェイク ニセ情報の拡散者たち ニーナ・シック著

[レビュアー] 近藤雄生(ライター)

◆ニセモノ より精巧で簡単に

 実在しない人の顔の画像をAI(人工知能)で作り出すウェブサイトが本書で紹介されている。更新するごとに新しい顔が合成されるが、そのリアルさに驚愕(きょうがく)した。作り物感は一切ない、生きている人間の顔そのものなのだ。

 これは二〇一八年に作成されたサイトだという。近年の合成メディア技術の発展の速さを本書で知ると、三年が経(た)ったいま、このサイトで見た顔の人間が、動画の中で一切の違和感なく動いていても不思議ではなく思えてくる。

 こうした合成メディアのうち、悪意をもってニセ情報や誤情報として使われるものを「ディープフェイク」と本書は定義する。また、そのような信用できない情報が蔓延(まんえん)した危うい世界は「インフォカリプス」と呼ばれるという。ともにまだ新しい言葉だが、ディープフェイクはすでにポルノなどの世界で少なからぬ被害者を生み出している。一方、ニセ情報で国際情勢をかく乱するロシアの戦略や、トランプ元大統領が数々の虚言によって社会を分断していった様は、まさに私たちがいま、インフォカリプスの中を生きていることを示している。

 本書では、その他複数の事例から、このような情報環境が世界各地で引き起こしている危機や混乱の甚大さを教えてくれる。コロナ禍によって浮き彫りになった、パンデミック時のインフォカリプスの危険性についても詳述される。

 かつてはSF世界の話だったことが次々と現実となっているのを知ってぞっとした。そしてさらに恐ろしいのは、今後、いま以上に精巧なディープフェイクを、誰もが簡単に作れるようになるのが間違いないことだ。その結果生じるインフォカリプス下の世界は、現在とは比較にならないほど深刻になる可能性がある。写真も音声も映像も、その意味合いは大きく変化するだろうし、そうした時代に人間は世界とどう対峙(たいじ)すべきなのか、想像がつかない。

 私たち次第でまだ希望はあると本書は言うが、そう願いたい。確かなのは、この現状を誰もが直視しなければならないということだろう。

(片山美佳子訳、日経ナショナルジオグラフィック社・1870円)

ドイツ人とネパール人の両親を持つ著述家、政治アドバイザー。

◆もう1冊

サミュエル・ウーリー著『操作される現実』(白揚社)。小林啓倫訳。

中日新聞 東京新聞
2021年11月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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