『FootBall PRINCIPLES - 躍動するチームは論理的に作られる -』
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サッカー日本代表・田中碧「日本は1対1をしている」の真意を紐解くポイント
[レビュアー] 野村明弘(フリーアナウンサー/スポーツコメンテーター)
東京五輪、ワールドカップ予選とサッカー日本代表が活躍を見せるなか、「チーム作り」の在り方がクローズアップされ続けた。「戦術がない」「個の選手が成長した」……さまざまな議論が巻き起こる中で、いずれも決定打にかけたのはすべてが結果論に過ぎなかったことだ。これはサッカーの話にとどまらない。こと、日本において何かを議論するときに、つねに欠けている視点があり、ゆえに「結果」でしか話ができなくなるのである。
「納得感がすごい」とSNS上で話題を呼ぶ元サッカー日本代表・岩政大樹氏の「FootballPRINCIPLES 躍動するチームは論理的に作られる」では、そんな現状に風穴をあける。いったい、何が「欠けて」いるのか。フリーアナウンサーの野村明弘氏が評した。
「なんとも難しそうなタイトルだな。読めるかな、僕に」
解説などでお仕事をご一緒させて頂くことも多い岩政大樹さんの新刊を手に取り、まず頭によぎったことでした。
プリンシプルズ。辞書を引かないと、パッとはその意味が分からない言葉です。おまけに、フットボールがその前に付されたその本のタイトルは、「FootballPRINCIPLES」。わたしはサッカーの実況を生業としている身ではありますが、好きが高じて今があるだけで、プロのプレーヤー経験はありません。
元日本代表選手が書いた、難しそうな言葉がついたフットボールの話……わたしなんかで理解できるだろうか。大丈夫だろうか。そんなことを思ったわけです。
ただ、最終的に「大丈夫だろう」と思えたのは著者が岩政さんだったことでした。
岩政さんと言えば、鹿島アントラーズの黄金期を支えたセンターバックで、そのプレースタイルや雰囲気から非常に「強気」なタイプに見られます。しかし実際に仕事をすれば、サッカーに真摯に向き合うことを忘れない、頭のいい方だというのがすぐわかります。何より、その言葉のわかりやすいこと。わたしの中では「柔らかい」という言葉がもっともぴったり来ます。
結果的に岩政さんのこの本は、最終的にわたしの妻の共感を呼ぶまでになります。(ちなみに妻はサッカーに特段詳しいわけではありません)。曰く、「子育てと一緒だ」と。
わたし自身もサッカーを社会の縮図として捉えているので、「ああ、これはこういうときといっしょだ」「こういうふうに考えればよかったのか」と、仕事や生活といった身の回りにある「ものの捉え方」のヒントをたくさん感じることができました。
大役をどこまで果たせるかわかりませんが、この本についてなぜそう思うに至ったかを書いていければと思います。
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まず本書を読んでいてハッとさせられたのが、第一章でした。
ロストフの14秒と呼ばれる、サッカーファンであればお馴染みのシーン(ロシアワールドカップの決勝トーナメント1回戦、2対2のアディショナルタイムに日本代表はベルギー代表のカウンターアタックで失点。敗北した)について具体的に分析をしているのですが、例えば当時よく指摘された「本田圭佑がコーナーキックを蹴るべきじゃなかった」や「長友佑都がルカクについていく必要がなかった」などの批評はいずれも「現象」の話ばかりだ、と岩政さんは指摘しています。
ここで言う「現象」とは、実際にピッチ上に現れるプレーのことで、私たちは結果という形でそれを目にします。この「現象」ばかりにフォーカスして批評をしていると、いつだって「結果論」にしかならない。これが、岩政さんの問題意識でした。
実際、選手たちの感覚からすると、「現象」が生まれるまでには「判断」や「能力」があり、その「判断」や「能力」は「原則」をもとになされる。
にもかかわらず、日本サッカー界はあまりにも「取りに行け」「ついていくな」「ここに立て」といった、選手たちに任せるべき「判断」に目が向けられ、また指導されているのではないか。そして、おおもとにある「原則」についてどれだけ知っている人がいるのか――と。
本書では、具体的な9つの原則が紹介されていますが、恥ずかしながらわたしも、原則への理解が欠けていたのだなと感じました。
そして、これはサッカーに限らずあることだ、と思い至ります。仕事や人生において悩むとき、どうしても結果でくよくよしてしまう、判断ミスをしたな、と捉えてしまう……。どうしても結果論になることにフォーカスしてしまうのです。
本書では「原則」について「立ち返る場所」とも表現されています(これは、スペインで長きにわたり育成年代の指導を行なってきた坪井健太郎さんが指摘した言葉ですが、詳しくは本書に譲ります)。どんなことにおいても、「立ち返る場所」があるかどうか。その上で、結果や自身の判断を振り返る必要がある。
この視点は、とても印象的でした。
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では、日本サッカー界は「原則」をどう捉えていくべきなのでしょうか。ここで、岩政さんは「原則を守らなかった」ことで訪れた、鹿島時代の自身のエピソードを紹介しています。
「悔しくて封印してきた」と言うほど、のちのサッカー人生に影響するものであったのですが、そこで伝えているのは「原則は守るべきもの」ではない、ということでした。「原則」がベースとして頭にあった上で、選手たちは自由に判断していい。勝つ確率を上げるために、必要なプレーであれば、それは尊重されるべきなのだ、と。
目から鱗が落ちる思いでした。
というのも、私はこれまで日本人の特性を真逆のものとして捉えていたからです。
日本人は勤勉で、忠実に仕事をこなします。サッカーにおいても、原則が提示されれば、徹底してそれを守ることができるはずです。たとえ個の能力が世界のサッカー大国に劣っていても、そのチーム力で勝ることができる。
一方で外国人選手は、どちらかといえば感覚的で自由にプレーをする。悪い言い方をすれば、能力は高いけれど自己中心的なプレーになりがちです。
つまり、日本人は徹底をすることで1+1を2ではなく、3、4と大きくすることができ、海外の選手は個の強い2+2なのだけれど、総和としては小さくなることがある。そう思っていたわけです。
けれど、本書で紹介される数々の事例や言葉を紐解いていくと、実はそれは反対で、「原則」「立ち返る場所」のある海外の選手は、1+1の総和をより大きくすることができ、一方で日本人選手は――今まさに、デュエルやインテンシティと言った言葉があふれているように――、個にフォーカスをし過ぎてチームとして1+1の総和を小さくしてしまっている。
ここで、思い出されたのが、東京五輪後の田中碧選手の言葉でした。
「(日本は)1対1では勝っているかもしれないけど、11対11で勝てるかと言われたら完敗だと。2対2だったり3対3になったときに相手はパワーアップするけれど、自分たちは何も変わらない。それがコンビネーションという一言で終わるのか文化なのかわからないんだけれども、サッカーを知らなすぎるというか、スペインとかメキシコはサッカーをしているけれども僕らは1対1をし続けているように感じるし、それが大きな差になっているのを感じている」
岩政さんが指摘していることと同じだ――色々な言葉がつながり、日本サッカーがこれから考えるべきベースが見えた気がしたのです。
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じゃあ、原則が理解できたとろころで、どうやってチームを作っていくのか。本書の副題は「躍動するチームは論理的に作られる」とありますが、この視点も納得の連続でした。
岩政さんは、日本サッカーは、「原則」が不足している中でもこれだけ成長してきたのだから、それを整理することで飛躍的に加速できるはずだ、と書きつつ、その際の注意点として、それらを「言語化しすぎないことが重要だ」と言うのです。
根拠として、ポステコグルー監督が「5レーン」や「ハーフスペース」という言葉を使わずにトレーニングをすることや、ジェフ市原で躍動的なチームを作ったオシムさんが、その戦術やプレーの意図について、「言葉にせず、練習のオーガナイズの中で身につけさせた」ことなどを、阿部勇樹さん、羽生直剛さんの鼎談から示してくれています。
また選手側の視点として、柴崎岳さんや内田篤人さん、本山雅志さん、野沢拓也さんらの対談から、トップレベルでプレーする選手たちが「感覚的に原則を身に着けている」ことを紹介してくれています。
これはわたしの理解ですが、解説者や指導者は言語化が重要になります。しかし、いざ選手にそれを伝えようとするとき、あまりに具体的に言葉にし過ぎると、選手の躍動の邪魔をしてしまうのではないでしょうか。
こうした思いから、指導者としての岩政さんは「コンセプトワード」なるものを編み出しているそうですが、原則というのは、そういう1つの言葉や、トレーニングの中で落とし込んでいくものであることがよくわかります。
本書を紹介するにあたり、ここまで書いてきたようなことを妻に話してみました。すると妻が言ったのです。「育児も同じかもしれないね、親が多くを伝えすぎても、やり過ぎてもよくない」と。
子育てをしている中で、説明しすぎたり、不必要な言語化をし過ぎたりしているかもしれない。叱るときに、現象や能力・判断ばかりに言及していたんじゃないか。
でも、本来はサッカーがそうであるように、原則的なことをきちんとベースにしておけば、例えば私が子どもに怒って伝えてしまったことも、できるようになったはずだ……。
手に取ったときは、「自分に理解できるのかな」と思ったこの「FootballPRINCIPLES」は、サッカー好きに限らない、いや、特に子育てをしたり、夫婦やチームとして何かをしたりしていきたいと思っている人には、とても分かりやすいヒントが多くちりばめられているものでした。
岩政さんが真摯にサッカーと向き合ってきたからこそ記せる言葉の数々は、間違いなく多くの人がより良く生きるヒントが詰まっています。