アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険 宮田珠己著

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アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険 宮田珠己著

[レビュアー] 内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

◆嘘と知りつつ東の旅へ

 今年は多様性という言葉を聞く機会が多かった。他者の立場を尊重し知る努力を怠らないこと、人類の基本姿勢として今こそ定着してほしい。

 しかしそうなると移動手段が限られ物理的断絶による未知と無知と独断偏見に溢(あふ)れていた時代が妙に新鮮に映る。地球が巨大な球体であることもわからず、だれもが世界の果てを知りようがないからこそ、好き勝手に空想したものを真実と言い切った時代。

 各地の伝説噂話やほら話が虚実ないまぜとなって、書物にまでなっている。その創造力は一体どこから湧いて出たのかと首を傾(かし)げたくなるほど豊かで、残酷かつユーモラスでもある。十六世紀にマゼラン隊が地球を一周して以降、冒険家は未踏の真実を追い求めるようになり虚構は別分野へと追いやられていく。

 旅行エッセイを書く著者は、これら大航海時代以前の虚実入り混じった旅行記や博物誌を偏愛し、紹介本も複数書いてきた。あまりにも好きすぎてとうとう自分でも書いてしまったというのがこの冒険小説だ。

 著者が原典として白羽の矢を立てたのは、ジョン・マンデヴィルの『東方旅行記』。嘘(うそ)とでたらめと剽窃(ひょうせつ)で固められた旅行記なのだが、滅法面白く名著として知られている。

 本作ではジョン・マンデヴィルの息子が登場し、嘘と知りつつ父の書き残した旅の記録を頼りに旅立つ。エルサレムやインドよりさらに東に進んだ果てにあるというキリスト教を信奉するプレスター・ジョンの王国を目指して。

 ゆく先々で出くわすのはマンドラゴラやアマゾネス、羊が実のようになる植物などなど、中世ヨーロッパの伝承でおなじみの面々も多いのだが、絡み方動き方が奇抜にしてさもありなんと妙に納得してしまう。著者がいかにこれらの伝承を愛し読み込んできたかがうかがえる。

 全編退屈どころかひたすら面白楽しすぎて、このままいつまでもアーサーの旅路を楽しんでいたい気持ちのまま読み終えた。網代幸介による挿画もこの奇妙でとぼけた冒険譚(たん)の雰囲気にピッタリで、気分を盛りあげてくれる。

(大福書林・2750円)

1964年生まれ。作家、エッセイスト。著書『ニッポン脱力神さま図鑑』など。

◆もう1冊

宮田珠己著『おかしなジパング図版帖 モンタヌスが描いた驚異の王国』(パイインターナショナル)

中日新聞 東京新聞
2021年12月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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