キャンドルフォード 続・ラークライズ フローラ・トンプソン著

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キャンドルフォード 続・ラークライズ フローラ・トンプソン著

[レビュアー] 井形慶子(エッセイスト・英国情報誌編集長)

◆変革期の英国 少女が歩む人生

 表題のキャンドルフォードも含め、物語の主な舞台は英国南部オックスフォード州。田舎暮らしを楽しむ人に会うため、何度も取材で訪れた。著者の回想録である本書に親しみを覚えたのもそのせいか。

 大英帝国が世界一の繁栄を謳歌(おうか)した一八八〇年代、少女ローラは貧しい集落の石工の家に生まれる。子だくさんで妹たちの子守が仕事。変化のない日々に、いつかもっと広い世界を見たいと願う。一方母親は「貧乏に生まれるのは人生最大のミス」と言いつつも、古い家具を磨き上げ、古着をほどいてキルトを作り、ベーコンとキャベツ料理の匂いで家中を満たす。多くの労働者が自分の村から出ることなく生涯を終えたビクトリア時代。置かれた場所で誇り高く生きる姿に引き込まれる。

 かたやローラは十四歳半ばで鉄道駅のある文明の地、キャンドルフォードに近い村で郵便局助手の職に就く。当時の郵便局は、手紙、電話、送金と、地域のライフラインの中枢。メイドの仕事がせいぜいの労働者階級出身の少女には幸運の第一歩だ。

 個室を与えられ、上流の人々と交わり、図書館にも通う。焼きたてバンバリーケーキが振る舞われるお茶会にも出る。だが、こんなに楽しいのに満たされないと吐露し、自由に野山を歩いた故郷を渇望する。

 産業革命による社会の変化も読みどころだ。交通は馬から自転車、住居は不便なコテージから新しさや便利さを競う安普請の新興住宅へ。安い工業品も出回る。それは母が縫ったキャラコの下着や、父が作って持たせてくれたトランクとは真逆の世界。貧しさゆえ必要なものを手作りしたが、それこそが質の高い生活だった。急速な流れに抗(あらが)うような力強いメッセージが噴き出す。

 本書は、英国高校生の副読本であり、BBCでもドラマ化され英国人を魅了した名作。読後、詩的な田園風景が瞼(まぶた)に焼き付き、「何に価値を置いて、どこで生きるのか」の問いを考え続けた。

(石田英子訳、朔北(さくほく)社・2640円)

1876〜1947年。英ジャニパーヒル(ラークライズ)生まれ。仕事や家事の傍ら子供時代の回想を書いた。

◆もう1冊

フローラ・トンプソン著『ラークライズ』(朔北社)。石田英子訳。

中日新聞 東京新聞
2021年12月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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