セクシュアルマイノリティが駆ける異色かつ王道の青春小説

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僕は失くした恋しか歌えない

『僕は失くした恋しか歌えない』

著者
小佐野, 彈, 1983-
出版社
新潮社
ISBN
9784103543114
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

セクシュアルマイノリティが駆ける異色かつ王道の青春小説

[レビュアー] カツセマサヒコ(小説家)

「親ガチャ」という残酷な言葉が流行る時代に、見事な激レア、つまり大当たりを引き当てる人間が少なからず存在する。本作の主人公・ダンも、そのうちの一人だ。

 約二万人の従業員を抱える企業の経営者一族として生まれ、慶應義塾大学の附属校に通い、幼い頃から何度も海外旅行に連れて行ってもらっているその家庭環境は、控えめに言っても恵まれている。親がつくった借金を必死に返している人や、日常的に暴力を受け、それが虐待であることを認識すらできずに育った人からすると、全く別の世界の話に読めるかもしれない。

 そんな本編の主題に置かれているのは、ダンと似たような境遇にいながら、なぜか生きづらさを覚えている者たちの青春や恋、家族のことである。

 金持ちの悩みなんてたかが知れている、富裕層の青春劇なんて鼻につくだけ、と切り捨てることもできるが、本作の魅力であり最大の特徴は、主人公のダンが特権階級にいながら、性的指向はマイノリティである、という点にある。

 中学生の時点でゲイが集う出会い系サイトに書き込み、初体験を早々に済ませるなど、ダンの圧倒的な行動力は時にコミカルに感じられるほど清々しく、読み手に心を開かせる。衝動に突き動かされるように恋に落ち、抑えきれない想いを短歌にしたためていく様子も愛おしい。

 しかし、ゲイである主人公が「アイコ」という異性の友人を持つシーンから、物語は急激に憂えを帯びていく。帰国子女であり日本の学校に馴染めないでいるアイコは心を開くことのできる相手を求め、ゲイであるがゆえに「普通の青春」に憧れを抱くダンは、アイコを恋人のように見せることで心の安定を目論んだ。共犯関係として同じ時間を過ごす二人の姿は一見眩しく映るが、その結末はダンだけでなく、読者の心にも深い感傷の跡を残すことになる。

 青春譚としても十分魅力的だが、親子の物語としても語れることは多い。子がセクシュアリティをカミングアウトし、それを親が受け入れること自体、かなりハードルは高いが、容認したからこそ訪れる家庭内の不穏な空気の描き方は、おそらく著者の私小説的な要素が色濃く出ている部分ではないか。自分の子どもやその友人がセクシュアルマイノリティである可能性は十分にあり得るし、読んでおいて損はないシーンだ。

 異色かつ王道の青春小説として、広く読まれることを期待している。

新潮社 週刊新潮
2022年1月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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