『濁り水 Fire's Out』
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火から水へ! 深化する消防ミステリーの人気シリーズ
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
とにかく、評判のいい日明恩の消防ミステリー〈Fire's Out〉シリーズに対する興味が抑え切れなくて、四冊目なのだが、本書『濁り水』を読んでみた。
結論から言うと、主人公の設定、消防活動の詳細、ミステリーとしての結構の三位一体の均衡が取れていて、その面白さに引き込まれ、遡って一冊目から読んでしまった。
すると、第一弾の『鎮火報』で、主人公の“俺”=大山雄大は、まだ二十歳の新人。そして作品と共に成長し、本書では、葛飾区上平井消防出張所勤務の特別消火中隊の一員となっている。年齢は二十八歳。
私は今、成長と書いたが、唯一変わらないのが主人公のひねくれ者を気取るポーズと、心の中の減らず口だ。
やれ、消防士には勢いでなっただけだの、やれ、九時五時勤務の事務職がいいだの、熱い正義感を隠し持った天性の消防士が何を言うか。そうでなければ一二七ページのように、人が亡くなった辛い現場を思い出す仲間を慰める隊長に目頭を熱くするものか。また一三二ページの刑事の言葉に感動したりはしないはずだ。まさに作者の筆致は絶妙の域に達している。
さらに、今回意表を突くのは、事件が火災がらみではない点だ。彼等が遭遇するのは、観測史上二番目の暴風雨なのである。火から水へ。これは作者の手柄と言えよう。なるほど、自然災害も消防署の管轄であり、屋上のブルーシートが飛ばされそうになったり、アンダーパスでの車の立ち往生等々、消防士達は八面六臂の活躍をみせる。
その中で、冠水した駐車場で車の下から老女の死体が発見される。いったんは事故死と判断されるが、大山は「何をどうしたって助けられなかった」と言う喪服の老人の謎の言葉によって、事件に深入りしていく。ミステリーファンならずとも、至福の時間を約束してくれる、最良の一冊となる事は間違いない。