本を買うことが保護猫活動の一助に? 猫店員のいる本屋「Cat’s Meow Books」が見つめる猫と本屋の未来

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本棚兼キャットウォークを渡るツンデレ店員・チョボ六さん

 東京・三軒茶屋に一風変わった本屋がある。
 3匹の「猫店員」と、2名の「ニンゲン店員(安村正也さん・真澄さんご夫婦)」が在籍するCat’s Meow Booksだ。

 本当にこんな場所に本屋が?と思うような住宅街を歩いていると、突如かわいらしいイラストの看板が現れた。
 中をそっと覗くと、前足をお腹に収納してちょこんと座る「香箱座り」をしている猫店員が1匹、こちらを見ている。人懐っこそうな子だ。その奥には、ビール片手にじっくりと本を探すお客さんの姿も。
 
 猫がいる店なんて珍しくないでしょ? よくある猫カフェ兼本屋さんなのでは? 
 そんな風に思われるかもしれない。ただ、この店の特徴は「猫店員」の存在や、店内でビールやコーヒーを飲めることではない。
 店のコンセプトは「猫のいる・猫本だらけの・猫と人を幸せにする」本屋。
 そのコンセプト通り、売上の1割を保護猫活動団体に寄付しているという。

 今回は店主の安村正也さんに、コロナ禍で寄付を行いながら本屋を続けることの厳しさや「猫と人を幸せにする」という矜持、そして今おすすめの猫本などを伺った。

 まずは猫店員を紹介してもらおう。


取材中よくお話ししてくれた黒猫店員・さつきさん


香箱座りをする猫店員・読太(よんた)さん

「黒猫のさつきは甘えん坊で、お客さんの方に自分から寄っていきます。こうしてすぐ膝に乗るのは、キジトラの読太(よんた)。かまってちゃんなんです。ツンデレなチョボ六は、南方熊楠の代々飼っていた猫からとった名前です。この子たちの名前はクラウドファンディングの支援者の方々が命名してくれました。そして全員、元保護猫なんです」

きっかけは、救えなかった2つの命

 安村さんが保護猫に関心を持ち始めたきっかけは、遡ること20年前。
 当時住んでいたアパートの目の前で、野良猫が3匹の子どもを産んだ。ところがその後、母猫が育児放棄をしてしまい、まだ目も開かない子猫たちはその場に残されてしまった。

「当時は保護猫という言葉すら浸透していませんでした。その子たちを保護しようにも、どこに問い合わせたらいいのか分からなくて……。そもそもアパートがペット禁止だったので、夫婦二人で弱々しい鳴き声に心を痛めることしかできませんでした。おろおろしている間に、1匹が亡くなり、またもう1匹も……。このままでは最後の1匹まで危ない、と覚悟を決め、大家さんには内緒で家に迎え入れました。その子が、後にここの店長となった三郎です。一昨年(2020年)の4月にこの世を去ったのですが、18歳の誕生日まで、よく生きてくれました」

 救えなかった2匹の子猫への想いは、やがて「保護猫と本屋が互いを助け合う」という店のコンセプトにつながっていく。
 具体的に開店プランを立てたのは、開店の1年半前、2016年の春だった。東京・下北沢「本屋B&B」の共同経営者である内沼晋太郎さんが主宰する「これからの本屋講座」をきっかけに、安村さんは出版業界のいろはを学び、猫×本屋の企画書を書き上げる。

「出版業界で名の知れた内沼さんに『これはいける気がする』と言われ、本気になっちゃって。保護猫を助ける本屋は、多くの人の共感を呼ぶだろうから、開店資金の一部をクラウドファウンディングで集めたらどうか、というアドバイスもいただきました。そこから物件を探し、改装をして……オープンまで駆け抜けましたね。」

 2017年8月8日、安村さんはそれまで13年勤めていた会社への勤務は続けながら、書店員となった。

 お店ができるまでの詳しいストーリーは、『夢の猫本屋ができるまで』(井上理津子著、協力:安村正也、刊:ホーム社)で描かれている。


「何かお探しですか?」

保護活動につながるから…と、猫本以外の注文をくださるお客様も増えています

「開店当初は猫カフェと勘違いしていらっしゃる方も多かったのですが、ここ数年で本を目的にいらっしゃるお客様が増えました。こういうコンセプトの店なので、遠方からわざわざ、出張や旅行がてらに来てくださる方も多かった。そんな矢先、新型コロナウイルスがあっという間に世界へ広がって……」

「最初の緊急事態宣言が出た2020年4月から2ヶ月間は、完全にお店を閉めていました。当時、今より遥かに未知のウイルスでしたし、猫にも感染する可能性を知って怖かった。
 でも、2ヶ月も本屋を閉めると棚が死ぬんですよ。誰にも手に取られず、空気に触れないと、本当に死ぬ。実際、再開にものすごいエネルギーを使いました。
 だから今後もし緊急事態宣言が出ても、予約制や時間短縮営業にして何とか営業は続けよう、と決めたんです」


店内には約4,000冊の猫本が並ぶ

「ネット通販は絶対にしません、と公言していたんですが、こんな状況下で背に腹は代えられないと思い、2020年6月にはついにオンライン書店Cat’s Meow Books Virtual Shop βをオープンしました。そうすると、お店に興味はあったけど遠方で来られなかった、というお客様にも喜んでいただけて」

「カタログ型の普通のオンライン書店にはしたくなかったので、360度カメラで店内を撮影し、お店をバーチャル体験していただけるようにしました。リアル店舗と同じように、ぐるぐると猫を探した時に目に入った本を問い合わせて下さい、というスタイルです。オンラインショップに掲載されていない書籍も取り寄せできます。
 メールでのお問い合わせは大歓迎。通常のオンライン書店だとワンクリックで購入が済む代わりに、お客様の細かな要望を汲み取ることが難しいですよね。そこを取りこぼしたくないんです。メールをいただければ、何かしらのフォローができる。そうしたリアル店舗と同じような、お客様とのコミュニケーションを大切にしています。
 また、当店は猫本しか取り扱っていないと思われがちですが、ご注文いただければ、基本的にはどのような本でもお取り寄せいたします。
 最近は『猫と関係ない本なのですが……』と言いながらご注文をくださる方も増えました。売上が保護活動の寄付になるから、わざわざここで欲しい本を買ってくださるんです」

猫と本が導いてくれた「パラレルキャリア」という生き方


退勤後の3匹

「コロナがなくても街の書店ががどんどん減っていく昨今、売上の1割を寄付に回すことは、それなりに勇気が要ることです。
 初めて保護団体への寄付を送金する時は、ボタンを押す手が震えました。本当にこの額を毎月払えるんだろうか……と怖くなって。でも、慣れちゃうものなんですよね。
 逆に言うと、このコンセプトがあるからこそ、あえてここで買ってくださる方がいるので。大変だけど、売上の一部を寄付する、という決意に後悔はありません」

「書店員と並行して、今も会社員として働いていることも大きいですね。サラリーマンという立場があるから気楽に……と言うと語弊がありますが、足場が一つじゃないから、こうしたお店を続けられています。ライスワークがあるからこそ、やりたいことができる。
 今は会社がフルリモートになったので、平日は8:00~17:00まで2階の自宅で仕事をして、その後19:30まではお店に立つ、という生活です。平日の日中は、妻にお店を任せて」

 会社員一本だった頃の自分を、こう振り返る。

「思えば、会社員だけの時の自分は、エラそうだったなぁ……と。年齢的にも社歴的にも、そこそこのポジションに就いていたので。
 でも、本屋を始めてお客様の立場で色々なことを考えるようになって、変わりました。客観的な視点を持ち、丸くなった。会社の部下と話していても、自分の視点の変化を感じます。
 ちなみに、会社の人に本屋のことは自分からは公言していませんが、色んな所で取り上げられているので皆知っています(笑)」


今年8月で開店5周年を迎える

 今年8月で開店から5周年を迎える。安村さんに今後の展望を尋ねると、少し神妙な面持ちになり、こう語り始めた。

「今、街に人が戻ってきつつあるように見えますが、本屋には戻っていないんです。
 本来、本屋さんはふらっと、目的なく行ける場所。コロナ禍を経てそうじゃなくなってしまったんですよね。
 自分を含め、この状態に慣れてしまった人が増えているのが怖いです。
 コロナが落ち着いたとしても、元通りの集客は見込めない。
 その時、自分たちは何ができるのか。絶対に、周りがやっていないようなことをしたい。
 今はそうしたことを妄想するのが楽しいですね。そうでもしないと、今の八方塞がりの辛さに耐えられなくなってしまいそうで……」

 安村さんにとって、猫とは「人の人生を左右するいきもの」だという。

「猫が居なかったらこんなお店も、人生も、いい方向に開けなかった。
猫といることで、絶対に人生はいい方向に進むんです」

 これから3匹の猫店員は、安村さんを、Cat’s Meow Booksを、どんな場所に導いてくれるのか。
 店主の膝の上で幸せそうにくつろぐチョボ六が、ぐるる……と喉を鳴らした。

安村さんの推し猫本3冊をご紹介


左から『靴ひも』、『懐中時計』、『聖なるズー』

 最後に、今おすすめの猫本を紹介していただいた。

 安村さんのセレクトはこちらの3冊。

●ドメニコ・スタルノーネ (著) 関口 英子 (翻訳)『靴ひも』(新潮クレスト・ブックス)
ピューリッツァー賞作家のジュンパ・ラヒリが惚れ込んで英訳し、全米で話題となった小説。子どもと妻を残し、若い女と暮らすために家を出た夫。荒らされた家、消えた猫……本当に失ったものは何だったのか?
「少し変わった本を読みたい方にぜひ。
 表紙に猫がいたので手にとったのですが、読み始めたらもう止まらなくて。家族小説、とされていますが、オチまで読むと完全にミステリー! 猫がいたことが大オチに関わってくるんです」

●小沼丹『懐中時計』 (講談社文芸文庫)
日常を題材とした小説のほか、随筆の名手としても知られる小沼丹の短編集。安村さんのおすすめは、日常に死が入り込む微妙な時間を描く「黒と白の猫」だ。
「この短編がきっかけで、小沼丹という作家が好きになりました。時代はおそらく昭和中期、どことなく死の予感を猫の裏に感じさせる話です。生と死、というテーマなのに飄々として軽妙な文体が魅力的」

●濱野ちひろ『聖なるズー』(集英社文庫)
猫本、というよりは動物関連本といったほうがいいだろう。犬や馬をパートナーとして、ときに動物とセックスし、深い愛情を持って生活する動物性愛者「ズー」。そんなズーたちと寝食をともにしながら、人間にとって愛とは何か、暴力とは何かを考察し、人間の深淵に迫る一冊。
「タブーとされる話題だろうし、嫌悪感を抱く方もいるでしょうが、人間以外の動物への愛情はどこからが性愛で、どこまでがそうじゃないのか? 猫好きあるあるの『猫吸い』は性愛なのか?……この本には猫そのものに性愛を感じる人は出てこないのですが、自分が一緒に暮らす猫に抱く愛情はどういう性質のものだろう、と考えさせられます」

 * * *


Cat’s Meow Books(キャッツ ミャウ ブックス)
住所:〒154-0023 東京都世田谷区若林1-6-15
TEL:03-6326-3633
営業時間:14:00-19:30
定休日:火曜
オンラインショップ:Cat’s Meow Books Virtual Shop β
最新情報はTwitter:@CatsMeowBooksをご確認ください。

撮影:曽根香住(新潮社)

Book Bang編集部
2022年2月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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