ノブコブ徳井が恩人・東野幸治を「腐り狂った超天才」と評する理由とは

試し読み

10
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 「平成ノブシコブシ」として「ピカルの定理」などを中心に活躍し、2017年頃には「ゴッドタン」の腐り芸人で再ブレイク。最近では芸人やバラエティ番組を的確に「考察」することでも話題の徳井健太さんによる『敗北からの芸人論』が2月28日に刊行されました。

 今回はその中の一編「腐り狂った超天才――東野幸治」をお届けいたします。


東野幸治さん

「ホワイトデビル」との出会い

 東野幸治さんは、僕だけでなく多くの芸人にとってヒーローだ。なんせ『ダウンタウンのごっつええ感じ』に出ていた人だ。

 30年近く前、僕と同じ90年代に多感な時期を過ごした30代40代で、このコント番組の影響を受けていない人間なんていないだろう。特に芸人を志した人には、無条件で深く頭と心に刻まれ擦り込まれている。

 圧倒的なカリスマ性と面白さ。笑わせるということの格好良さと尊さを、毎週日曜日の夜8時に教えてもらっていた。そんなヒーロー東野幸治さん。僕は芸歴20年近くになっていたが、お会いしたこともお話ししたこともほとんどなかった。

 それが突然、2019年の夏に『よしもと芸人音声データ』という、東野さんがMCで毎回芸人をゲストに招き話を聞くラジオみたいな番組への出演が決まった。僕はその番組の存在を知らなかったが、桂三度さんや「天津」の木村卓寛さんもゲストとして出ていた。

 何も聞かされず、何の打ち合わせもなく、ただ新宿の吉本本社でぼーっと待っていると突然、小さなスタジオに何人かいたスタッフたちが立ち上がった。するとホワイトデビルと呼ばれる男が、本番の3分前に入ってきた。

「ごめんなー」と言っていた。うわー、東野幸治だ、と僕は思った。

「いやー、木村くんがなー、なんやかんやで出られなくなってん、知ってるよな? ごめんなー」

 大きな声で笑いながら、持っていた小さなカバンを下ろし、「やろか」と言ってそのまま小さなスタジオの中にある更に小さなレコーディングスタジオみたいな所に東野さんは入っていった。え、もう本番ってこと? 嘘でしょ? そう思ったが僕もつられてその狭い空間に入り、二人きりになった。

 外から重たいドアが閉められ「よしもと芸人音声データ」と東野さんが大きな声を出すと、そのまま1時間の収録が始まった。

「ダウンタウンとの共演は断っていた」

 収録はあっという間に終わった。

 残念ながら記憶はあやふやだが、不躾にもダウンタウンさんや『ごっつええ感じ』のことも聞いてみた。東野さんは自身とたった3、4歳くらいしか変わらないダウンタウンさんのことを、とにかく崇拝し畏れていた。それは僕らがダウンタウンさんに抱いている感情よりも、断然強烈だった。

 ダウンタウンはいないものとしている。

 そう、東野さんはその収録で語っていた。

 二人があまりにも面白すぎるが故、1997年に『ごっつ』が終わり独り立ちした頃にはダウンタウンさんとの共演を断っていたらしい。

 嫌いとかではない。『ごっつ』と共に、東野さんの中でダウンタウンはいなくなったらしい。いない人とは共演できない。そういう物理的な理由での共演NG。一種のパラレルワールドのように、ダウンタウンがいるということは知っているが、自分の生きている世界の軸とは交わらないように芸能生活を続けていくと決めたのだ。

 圧倒的な面白さに対して、戦って勝ちたいと思うこと自体がそもそもおこがましい。最初から負けることが決まっている戦いはしない―それが東野さんの考えた「ダウンタウンはいない」という攻略法だ。

 あんなに面白いと思っていた東野さんからそんな言葉が出るなんて、僕は心底驚いた。と同時に、あれ? 『ワイドナショー』は? という疑問が浮かぶ。

「あの番組は、コメンテーターとしての松本人志だからええねん」と言っていた。どうやら芸人のダウンタウンさんでなければ東野さんの世界にも存在するらしい。自分が芸人として芸能界で生きていく為に編み出した、滅多にない考え方だと思った。

「喫茶店のマスターになれ」

 番組途中で東野さんが「徳井くんの悩みはなんかないの?」と聞いてきた。僕はしばらく唸り、絞り出そうとしたが結局「ない」と答えた。

 正直僕には欲がない。売れたいとか、金持ちになりたいとか、良い服が欲しいとか、そういうのがほとんどない。だから伸び伸びやれている、つもりだった。

「じゃあ何をモチベーションにしているの?」

 東野さんの疑問も当然だと思う。僕のモチベーションは、自分が才能あると思う先輩や後輩が売れることだと答えた。と同時に、自分の中にあった少しの不満を、心の端っこに見つけた。

「もっと影響力を持って、好きな先輩や後輩を助けることができたらなぁ、と思います」

 小さな二人きりの空間に本音が落ちる。それを東野さんはすぐに拾った。

「え? どういうこと?」

 例えば相方の吉村とか、千鳥さんとか、渡辺直美とか、そんな売れている人たちが「あの人は面白い」と言えば、売れていない芸人も世の中の人達に見つかる可能性が高いのに、僕がそういったことを呟いても、ほとんど効力がない。なんて自分は無力なんだと痛感する。

 恥ずかしい気持ちも忘れてそう答えた。

 すると1秒もたたないくらいのスピードで東野さんは「喫茶店のマスターみたいになったらええんちゃうの?」と返してきた。急なことで僕のちんけな脳みそでは理解できなかったが、そんなキョトン顔を見て東野さんはゆっくり説明を始めてくれた。

 一般的に、喫茶店のマスターに社会的な影響力は残念ながらない。でも、あったかくて美味しいコーヒーを出すことはできる。困っている若手や伸び悩んでいる先輩の話を聞いたうえで、彼らにあったかくて美味しいコーヒーを出してあげる、そんな存在になったらええんちがう? もし他人が、それこそ相方の吉村くんがテレビで、徳井くんが悩みを聞いてあげていた若手を紹介して、その人が結果売れたとしても吉村に嫉妬なんかせず、あー良かったなーなんて思いつつコーヒーカップでも磨きながら、また訪れるであろう客人を待つ。そんな人生最高やん?

 僕は、ぐうの音も出ず、ラジオなのにただコクリと頷いた。

 その後無事、天津の木村さんも復帰して、東野さんのラジオは一旦終了することになった。何度かしか出ていないのに、そのラジオの打ち上げに僕も呼ばれた。木村さんや桂三度さん、東野さんと肉を食べながら酒を飲む。『ごっつええ感じ』でアイデンティティーを形成したあの頃の僕は、今の状況を見て何を思うだろうか……。きっと嬉しすぎて信じられない気持ちだろう。

 ところが現在の徳井おじさんは、その打ち上げで東野さんに図々しくも、とあるお願いをしてみた。

「僕のやっている『酒と話と徳井と芸人』という YouTube にゲストで来てくれませんか?」

 それは中野の居酒屋で、酒を飲みながらただただお笑いを語るという番組。映像は使わない。ギャラも冗談みたいな金額で、収録もマイクを2本だけ立てた簡易的なもの。そこに天下の東野幸治を呼ぶ。とんでもない奇行だ。だがすぐに「ええで」と言って東野さんは目の前のナムルを口に運んだ。

島田紳助の引退が転機に

 1か月後、本当に中野の居酒屋にホワイトデビルがやってきた。いつもは3人もいないようなスタッフ陣が、10人以上も店内にいる。

 乾杯をして、酒を飲み始め、フジテレビで収録を終えはるばるお台場から中野に来た東野さんにお話を聞く。今日の収録に至った経緯を改めて説明した後に、東野さんの芸人としてのターニングポイントについて伺ってみた。

 本当は辞めようと思ったことが何度もあるらしかった。どうせ頑張ったところでダウンタウンを超えることは何があっても一生ない。ならば辞めよう、そういった心境に度々なるようだ。そこには若手の頃、強烈に刻まれたダウンタウンへの畏怖と尊敬があるように僕には思えた。

 けれどその度に、大きな仕事が来るらしい。その一番大きなバッドだかグッドだかのタイミングが、2011年の島田紳助さんの引退だ。急遽訪れたこの出来事により、東野さんの元に超人気番組『行列のできる法律相談所』のMCの仕事が舞い込んできた。辞めようと思っていたタイミングでの依頼に、さすがにその時は「困った」そうだ。

「(きちんと)やれるかどうか、ってことで困ったんですよね?」

 当然のように僕が質問すると「いや」と一刀両断。

「できるのはできると思ったんやけど、オープニングで紳助さんをいじるのかどうか、いじっても毎週いじれるわけでもないし、それも不謹慎なように映るし、いじらないのも何かつまらんし、なんか難しいなぁ、と思ってん」

 僕の思考の遥かかなた天空を行く悩みを口にした。もっと聞いていくと、今までお笑いの仕事で事前にトークを用意して行ったこともないらしい。ふわっと考え、それで本番を迎えたことしかない、と。若手の頃から、ずっと。

 僕は、とんでもない思い違いをしていたんだと、今更ながらに気が付いた。東野幸治は、天才じゃなかったんだ。超天才だったんだ。僕ら凡人の悩みなんか悩みじゃないし、秀才の抱える希望なんてとっくの昔から叶えていたんだ、と。

 他にも、生放送に対する考え方、飲み会に対する考え方も御指南頂いた。

東野幸治が生放送で緊張しない理由

 生放送は緊張する。絶対に笑いを取らなきゃいけないし、言ってはいけないことを口にしないというルールがあるからだ。僕は、生放送が苦手だ。そう相談すると、少し笑いながら「真面目やなぁ」と東野さんは口を押さえた。

「徳井くんの言っていることは分かる。分かるけど、そんなもん関係あらへんねん。俺は、こいつらよう俺みたいなもんにMCなんかやらすなぁ、思いながらやってるよ」

「本番中に無茶なこと言うとか、下半身を出してやろうとか、そういうことですか?」と、僕がまた凡人の質問をする。当然違う。

「一言も喋らんまま、終えてやろうって思てるな。ま、喋るんやけどな、結局は。そんくらい、俺みたいな腐ってて狂った人間を信頼して生放送のMCをやらすなんて、こいつら馬鹿やなぁって思いながら仕事してんねん。だから、緊張はせえへん」

 これはもう目玉がこぼれ落ちるかと思うくらい感心した。素直に自分も考え方を変えようと思った。

「飲み会は全部断ってきた」

 続いて、芸能界とは切っても切れない飲み会について。昔ほどではないにせよ、正直、パワハラと感じることもある。忘年会、新年会、打ち上げにホームパーティー。僕は、これらに行くのが大嫌いだった。今でも行くのが億劫で、1週間前から憂鬱になる。

 質問に対する東野さんの答えは「俺は行かんかったな全部」と、とても正直なものだった。

「今までの長い芸能生活でもそういう、自分が少しでも嫌だな、と思った会に行ったことは5回もないんじゃないかと思う」

「けど、断りづらいのもあるじゃないですか、どうやって誤魔化すんですか?」と聞くと、「全部正直に答えんねん」と教えてくれた。

「僕、行ったとしても不機嫌になるだろうし、無理矢理テンション上げるのもしんどいし、行ったらみんなが嫌な気持ちになるんで、今回はすいません、行けません」

 そんなことを繰り返し言いながら断っていると、いずれ誰も誘ってこなくなった。東野さんは無表情で、極意を語ってくれた。

 そんな超天才で最強に腐り狂った東野さんから回ってきたらしい、この「書く」仕事。

 昔から文章を書くことは好きだったし、このコロナ禍で芸人の仕事は順調に減ってきている。なるほど、まあまあ書けるんだね……一人でも多くの人にそう思ってもらえたら嬉しい。

 僕が10代の頃から、世間では自殺者が増え始め、今も社会問題のままだ。

 私なんて生きている意味がない、生きていたって仕方がない。そう考える理由はいろいろあるかもしれない。環境だったり病気だったり歴史だったり事件だったり事故だったり。

 けど、生きているだけで意味はある、と僕は思っている。

 どんな人間でも、生きているだけで誰かに何かしらの影響を与えている。その人が普段の仕事などでついている役割には代わりがいようとも、現在進行形でどんな人間でも生きているだけで価値がある。自分では思ってもいないような人から、または思ってもいないような場面で感謝されることもある。

 天津の木村さん、本当にありがとうございました。

 木村さんにとってはきっとつらい謹慎期間だったろうけど、木村さんのお陰で東野さんの番組に出演でき、その打ち上げで僕の YouTube に東野さんが出てくれることになり、なんとこの本まで書くことができた。今度木村さんに会ったら何も言わずに「ありがとう」とだけ言おう。

 生きていると、棚からぼた餅がふってくることもあるもんだ。

徳井健太(とくい・けんた) 1980年北海道出身。2000年、東京NSCの同期生だった吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。バラエティを観るのも大好きで、最近では、お笑い番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。趣味は麻雀、競艇など。有料携帯サイト「ライブよしもと」でコラム「ブラックホールロックンロール」を10年以上連載している。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。 https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw

新潮社
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

株式会社新潮社のご案内

1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

▼新潮社の平成ベストセラー100 https://www.shinchosha.co.jp/heisei100/