作家・五木寛之が振り返る石原慎太郎との邂逅 「意外なほどナイーヴな作家」

エッセイ

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石原慎太郎氏(撮影・新潮社写真部)

特別寄稿・五木寛之「石原慎太郎さんの含羞」

 東京都知事などを務めた政治家で、短編小説「太陽の季節」で芥川賞を受賞した石原慎太郎氏が2月1日亡くなった。それまで単なる一文学賞に過ぎなかった芥川賞の知名度を一挙に高めたのは石原氏のこのデビュー作だった。
 作家の五木寛之氏は、過去に「同年同日生まれ」という雑誌の企画で石原氏と初めて対面した。
 誕生日がともに1932年9月30日という偶然の一致によって顔を合わせることになった五木氏は、豪胆に映る石原氏に“含羞のひと”という印象を持った。故人を偲び、往時の出会いを今一度振り返る。

 ***

 私にとって石原慎太郎という作家は、すこぶる名前を書きづらい同業者である。

 キャリアからすれば、当然、石原さんと呼ぶべきだろうし、政治家としては石原氏がふさわしい。石原慎太郎と気軽に書くときは、社会的有名人としての場合に限られる。と、いうのも、私と彼とは昭和七年九月三十日と、まったく生年月日が重なっているからである。

 以前、小説雑誌のグラビア特集で、「同年同日生まれ」という企画があり、出版社の屋上で並んで撮影されたことがあった。彼とはそれがはじめての出会いだった。

 初対面の印象としては、意外なほどナイーヴな作家、というのが、その時の感想だった。

「五木くん、きみはエンターテイナーとか自称してるが、それは気負い過ぎじゃないのか」

 とか何とか、いきなり一発、ジャブが飛んでくるのかも、と予想していただけに、

「五木さんとは生年月日が同じとは知らなかったな」

 と、パチパチ目をしばたたかせながら軽く挨拶されたので、なんとなく意外な気がしたことをおぼえている。

 そのときの格好を見ると、石原さんはスーツにネクタイをしめ、私のほうは野暮ったい厚手のセーター姿である。感じとしては卒業前の学生と、就職希望先の会社の先輩、といった風情だ。

〈ああ、これが『太陽の季節』の石原慎太郎か〉と、ある種の感慨をおぼえた。

 正直いって、私は必ずしも石原さんの良き読者ではなかった。話題の『太陽の季節』と、それに続く何作かの小説を読んだだけで、もっぱらゴシップ的な話題でしか縁がなかったのだ。

 学生の頃は小説といえばもっぱらロシア文学関係の本を読んでいたし、雑誌はイデオロギー色のつよい『新日本文学』と『人民文学』を交互に眺めるという青臭い若者だったから、『太陽の季節』の衝撃もそれほど強烈なものではなかったのだろう。

 いわゆる〈慎太郎ブーム〉が台風のように列島に吹き荒れた頃、私は食うや食わずの極貧生活を送っていた。仕事にあぶれた雨の日には、京成電車に乗って製薬会社に売血にいき、二〇〇CCをダブルで抜いて数日をしのぐといった生活だった。

 人は、わずかな格差に嫉妬や羨望を感じるもので、極端に離れてしまえば比較の対象にはならないものである。

『太陽の季節』に描かれるシティーボーイたちの生態は、当時の私にとっては空想的なメルヘンとしか思えない世界だったのだ。

 ただ、ゴシップで、その作品を二日で書きあげたという話を読んだ時には、正直びっくりしたことをおぼえている。

 そんなわけで、文壇のレジェンド、石原さんと初対面のときも、意外に自然に接することができた。

「五木さんは、レコード会社の専属作詞家だったそうだね」

 と、石原さんは言った。

「ぼくもいくつか作詞をしているんだ」

「知ってます。ジャニーズの歌も書いてるでしょう。凄いですね」

「いや、いや、いや」

『夏の終わり』という題のその曲は、石原裕次郎がうたったラテン調の都会的なムード歌謡だった。後年、石原さん自身がうたって、ペギー葉山とデュエットのレコードが出た。

「レコード会社がバカでね。あまりヒットしなかった」

 と、石原さんは言って、目をパチパチさせて首をかしげた。乱暴な口調とは裏腹に、ひどく照れくさそうな表情だった。

〈この人は恥ずかしがり屋さんなんだな〉

 と、私は思った。

 その時に撮られた写真を見ると、二人ともまったく違う方向を向いて写っている。「含羞のひと」というのが私の印象だった。

新潮社 波
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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