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- 大衆運動
- 価格:2,200円(税込)
社会思想の古典的名著『大衆運動 新訳版』が刊行。沖仲仕の哲学者・エリック・ホッファーが宗教運動や民族主義運動、ナチズムなどあらゆる大衆運動の、特に狂信的な段階に共通する特性をあぶりだす本作の序文を公開する。
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大衆運動には、宗教的な運動や社会革命や民族主義的な運動などがあるが、本書ではこれらすべての大衆運動に共通してみられるいくつかの特徴について考察している。本書で主張したいのは、これらすべての運動が同じものであるということではなく、これらの運動には特定の本質的な特徴がそなわっているため、いわば家族的な類似性がみいだされるということである。
どのような大衆運動でも、運動の支持者のうちに自分の生命までも捧げようとする覚悟と、統一行動を求める傾向を生み出すものである。大衆運動においてどのような教義が教え込まれるかにかかわらず、さらにどのような綱領が提起されるかにかかわらず、つねに狂信と熱狂と熱烈な希望と憎悪と不寛容とが育まれる。そしてすべての大衆運動は人生の特定の領域において激しい活動の流れを生み出すことができるのであり、どのような運動もその参加者に対して盲目的な信仰と一途な忠誠を求めるのである。
すべての大衆運動は、それが求める事柄と教義に違いがあるとしても、同じような種類の人々のうちに初期の支持者をみいだすのであり、同じような心の持ち主に訴えかける。
狂信的なキリスト教徒たち、狂信的なイスラーム教徒たち、狂信的な民族主義者たち、狂信的な共産主義者たち、そして狂信的なナチ党員たちのあいだには明らかな違いがみられるが、これらの人々を動かしている狂信的な考えは、同じものとみなして同じものとして扱うことができる。これらの狂信的な人々を、運動の拡大と世界支配に駆り立てる力もまた、どれも同じものとみなすことができるし、同じものとして扱うことができる。あらゆる種類の献身と信仰と権力の追求と統一と自己犠牲には、共通したところがあると言える。こうした運動の聖なる大義や教義には大きな違いがみられるものの、大義や教義を有効なものとする要因のうちには、共通したところがみいだされるのである。
[フランスの哲学者]ブレーズ・パスカルのようにキリスト教の教義が有効な理由を明確にみいだす人であれば、共産主義やナチズムや民族主義の教義を有効なものにする理由もみいだすことができるものである。人々はさまざまな理由から聖なる大義に自分の生命を捧げるのであろうが、実際には基本的に同じもののために生命を捧げているのである。
本書では主として大衆運動のうちで、運動を興隆させる初期の活動的な段階を取り上げている。この段階で中心を占めるのは忠実な信奉者たちであり、聖なる大義のために自分の生命を犠牲にする準備ができている狂信的な信仰を抱いている人々である。こうした人々がどのようにして生まれるのかを追跡し、このような人々の性格の輪郭を描くことを、本書では試みているのである。
この試みに役立てるために、二つの作業仮説を立てている。すなわちすべての大衆運動の初期の支持者のうちで中心となるのは「欲求不満を持つ人々」であり、これらの人々は運動に自発的に参加するのが通例であるという事実から出発して、次の二つのことを仮説として想定した。
(一) 外部から運動への参加を迫る刺激がまったく与えられないとしても、欲求不満そのものが忠実な信奉者に特有にみられる特色のほとんどすべてを生み出すことができる。
(二) 人々を運動に参加させることのできる効果的な技術とは基本的に、欲求不満を持つ人々の心にもとからそなわっている傾向と反応を育て上げ、固定することにある。
これら二つの仮説が妥当なものであるかどうかを調べるために、欲求不満を持つ人々がどのような厄災に苦しめられているのか、厄災にどのように反応しているのか、こうした反応が忠実な信奉者たちの示す反応とどこまで一致しているのか、そして最後にこのような反応は大衆運動の興隆と拡大にどのように寄与しているのかを、確認する作業が必要であった。
それだけでなく人々に運動への参加を求める大衆運動が、その支持者の心のうちの欲求不満を意図的に強めているのではないか、大衆運動によって欲求不満を待つ人々にそなわる傾向が助長されるために、大衆運動の力が自動的に促進されているのではないかと考えられる。そしてこの見解の正しさを確認するために、信奉者たちを運動に参加させることに成功した技術を、現代の大衆運動がどのようにして完成し、実地に適用しているかを調べる必要があった。
現代に生きるわたしたちの多くは、このような忠実な信奉者たちの持つ動機と反応について、何らかの洞察を行うことが必要になっている。というのも、現代はたしかに神が死んだ時代であるが、宗教が姿を消した時代などではないからである。忠実な信奉者たちはいたるところで運動の行進に参加しているのであり、彼らはほかの人々をその運動に参加させるか敵対させるかによって、世界を自分の姿に合わせて作り変えつつある。わたしたちが彼らと同じ陣営に入るか、彼らと敵対するかは別として、こうした忠実な信奉者たちの性格と彼らの潜在的な可能性について、できる限り知っておくべきなのである。
ここで読者に一言だけ注意しておくべきであろう。本書において大衆運動の〈家族的な類似性〉について語るとき、この「家族」という言葉は分類学的な意味で使用しているということである。たとえばトマトとハシリドコロは、ナス科という同じ〈家族〉に属する植物である。トマトには栄養があり、ハシリドコロには毒が含まれるが、この二つの植物は形態学的にも解剖学的にも生理学的にも共通する多くの特徴をそなえているのであり、植物学者でなくても、この二つの植物に家族的な類似性をみいだすことができる。だから大衆運動には多くの共通した特徴があるという本書の想定は、すべての大衆運動が同じように有益であるとか有害であるとかいうことを意味するものではない。
本書は大衆運動について判決を下すものではないし、何らかの好みを表明するものでもない。本書では説明することを試みているだけであり、ここに示した説明はすべて一つの理論として提起されるものである。断定的な口調で語られているとしても、それは提案あるいは議論という性格のものなのである。ここでモンテーニュの次の言葉を引用しておくべきだろう。「私はすべてをおしゃべりとして語っているのであって、意見としては何一つ語らない。……もしも皆から信じてもらえるのだったら、こんなに大胆には語らないであろう」
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