制度に根付く懲罰の発想 『〈叱る依存〉がとまらない』試し読み

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『〈叱る依存〉がとまらない』が大きな反響を呼び、刊行2か月で5刷のヒットとなっている。「〈叱る〉には効果はなくむしろ弊害が大きいが、〈叱る〉には依存性がありエスカレートする傾向がある」ことを脳神経科学の知見から明らかにする本書。ここでは、「ゲーム条例」や「人口妊娠中絶」に見られる〈叱る依存〉的傾向について書かれた一節を紹介する。

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効果のない禁止と罰:ゲーム条例

少年法の改正や薬物政策に共通しているのは、「規制して罰を与えれば事態が改善するはず」という思い込みのように思います。しかしながら薬物戦争の例だけでなく、「禁止と罰」のみで人の行動をコントロールしようとする政策は非常にコストパフォーマンスが悪く、成果をあげていない事例が数多くあります。私たちはそういった歴史から学ばなくてはいけないのですが、なかなかうまくいっていません。

他にも身近な例があります。

二〇二〇年四月、香川県は「ネット・ゲーム依存症対策条例」を施行しました。この条例は、18歳未満の子どものスマホやゲーム利用時間を制限するように、保護者に努力義務を課していることが最大の特徴です。この条例に罰則規定はありませんが、基本的な発想は典型的な「禁止と罰」による行動コントロールです。たとえ各家庭に対する直接的な罰則がなかったとしても、保護者に努力義務を課せば、「親に叱られる」という形で間接的に子どもたちに罰を与えることになるからです。

この条例は、内容と成立過程に大きな問題があるとの批判をうけながらも、半ば強引に成立した経緯があります。最大限好意的に考えるならば、「依存症から子どもたちを救う」つもりで必死に努力したということになろうかと思います。しかしながら、依存症の発生メカニズムを正しく理解していれば、そうでなくても「禁止と罰」に頼った政策について過去の歴史に学ぶ姿勢があれば、この努力が誤った努力であることはすぐにわかったはずです。

※事実、条例施行から一年半後に香川県が行った実態調査[r2_sumaho_kekka.pdf (kagawa.lg.jp)]では、条例施行前と比較してネット・ゲームへの依存傾向にある中学生が前回調査の三・四パーセントから六・三パーセントへ増加しているという、とても残念な結果が報告されています。

形を変えた厳罰主義:日本における中絶方法を例に
罰則規定として提示されない「見えない厳罰主義」もあります。明確な規則がなくても、「叱られる人」の経済的負担や身体リスクが放置され、結果的に罰を与えている形となるような場合です。日本における中絶医療の問題は、そういった見えない「厳罰主義」のわかりやすい例の一つです。

日本で人工妊娠中絶を行う場合、金属製の器具を用いて子宮内から胎児をかき出す掻爬(そうは)法と呼ばれる方法が用いられることが、まだまだ少なくありません。しかしながら実はこの方法は、世界的には時代遅れとされ、先進国ではほとんど行われていないのです(未だに「かき出す中絶」が行われている日本の謎 英米では「消えた術式」がまだ主流に | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン))。世界的には、真空吸引法(柔らかいチューブを使って吸い出す)もしくは薬剤の投与による中絶方法が主流となっており、WHOもそういった新しい方法に切り替えるべきと勧告を出しています。その理由は明確で、掻爬法と比べて母胎へのダメージや痛みが少ない、より安全な方法だと考えられるからです。

しかし日本ではそういった新しい方法が選択されることが少なく、薬剤による中絶に至っては認可されていないためそもそも選択することすらできない状況になっています(二〇二一年末に、国内で初めてとなる経口中絶薬の承認申請が行われました)。恥ずかしながら私はこれらの事実を、ごく最近まで知りませんでした。技術的な問題で、「かき出す」しか方法がないのだと思っていたのです。しかしながら医療技術の発達した現代社会において、かき出す中絶をすることは、あえて危険性が高い方法を選択しているということのようです。また、緊急避妊薬(アフターピル/性交後、七二時間以内に服用することで高い避妊効果が得られる)も、海外では薬局等で安価に入手できる国が多くあるのに、日本では医師の処方が必須となっており、女性の避妊の選択肢が少ないのです。

これらの事実を知ったとき、中絶をする女性たちに医療制度が「罰」を与えることで、後悔や反省を促そうとしているようにしか、私には感じられませんでした。もしくは中絶が危険だと暗に警告を発することが、中絶を減らす抑止力となると考えられているのかもしれないとも思いました。しかしながら、抑止のためのネガティブな感情体験には「中絶せざるをえない」という事実だけで十分です。その上であえてわざわざ身体的リスクの高い中絶方法を強制しているのだとしたら、その医療制度の背景に〈叱る依存〉の心性が働いていると考えざるをえないでしょう。つまりそれは、結果として医療が人を裁いていることになってしまうのです。

さらに当然ながら、妊娠は女性だけの問題ではなく、そこに必ず父親である男性がかかわっています。女性だけに「罰」を与えようとする発想自体が、そもそも間違っています。真摯に「望まれない妊娠」を減らし、問題を解決したいと望むなら、人権意識や正しい医学知識に基づく適切な学び、つまり人権教育としての性教育を幼い頃から男女ともに何度も繰り返し届ける必要があるでしょう。もちろんそういった学びがあったとしても、さまざまな事情で中絶が必要になることは起こり得ます。その場合何よりも必要なのは、身体的リスクが少ないと考えられる、最善の方法を選択することのはずです。

こういった見えない厳罰主義は、「弱者や愚者に罰を与えて導こう」という誤った発想や偏見とともに、他にもたくさん社会に存在しているのではないかと私は危惧しています。

少年犯罪や薬物乱用、そしてゲーム依存に人工妊娠中絶。こういった社会的な課題をなんとかしたいと思ったときに、人の行動を規制し、罰を与えようとする発想はとてもポピュラーで、私たちの思考の奥底にこびりついています。それはきっと私たちの脳が、ネガティブ感情を用いて人をコントロールしたり、罰されて当然だと思う相手に罰を与えたりすることに、何かしらの快感を感じてしまうことと無縁ではないはずです。よりよい社会を目指すには、「禁止と罰による支配」以外の方法で、より効果的な課題解決策を作り出していく努力が求められます。

紀伊國屋書店
2022年4月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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