生命(いのち)の谺(こだま) 川端康成と「特攻」 多胡吉郎(たご・きちろう)著

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生命(いのち)の谺川端康成と「特攻」

『生命(いのち)の谺川端康成と「特攻」』

著者
多胡, 吉郎, 1956-
出版社
現代書館
ISBN
9784768459164
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

生命(いのち)の谺(こだま) 川端康成と「特攻」 多胡吉郎(たご・きちろう)著

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

◆読み方変わる衝撃力

 本書の表紙カバーに写るのは、ノーベル賞作家・川端康成の戦争中の姿である。軍帽をかぶってはいるものの、とてもお役に立ちそうもない。敗戦を目前にした昭和二十(一九四五)年四月、四十五歳の川端は、海軍報道班員として鹿児島県の鹿屋(かのや)航空基地へと派遣された。

 一カ月間の滞在で、川端は数多(あまた)の特攻機を見送り、最後の通信が途切れる音を地下壕(ごう)の電信室で聞くことになる。蒲柳(ほりゅう)、病弱な川端にとって、初めての従軍は、過酷な戦争体験であった。しかし、川端はこの一カ月間をわずかな文章に残しただけだった。

 著者の多胡吉郎は、最小限の手がかりから、川端と特攻隊員との、交流を調べあげる。もともとの連載が鹿屋市の同人誌『火山地帯』だったので、地の利は得ている。その徹底ぶりは自ら「現時点で接触可能な資料としては、尽くした」という著者自身の感懐の通りで、執念をさえ感じさせる。

 川端の滞在中に特攻出撃は六回、百七十二人の特攻隊員が散華した。「川端はそれだけの数の若者たちが逝くのを見届け、その生命(いのち)の残影を背負うことになった」。川端がエッセイの中で回想した何人かの特攻隊員を著者は特定していく。回想や記録、本人の日記や遺族の証言によって、「特攻」の実像にも肉薄する。

 本書後半は、川端文学の中に特攻体験の痕跡を探していく作業となる。傑作短編「生命(いのち)の樹」、長編『虹いくたび』(新潮文庫)に描かれるエピソードが、彼ら特攻隊員との交流をヒントに作られていたことがわかってくる。それどころか、戦後になっての『雪国』の改稿、川端文学全体への「特攻」の影響も視野に入ってくる。

 本書の出現で川端文学の読み方は変わるだろう。それだけの衝撃力を秘めている本だ。しかも川端と特攻隊員の関係は主と従ではない。どちらもが主で、同じ重みを持つ。

 川端は敗戦後すぐ、「私はもう死んだ者として、あわれな日本の美しさのほかのことは、これから一行も書こうとは思わない」と書いた。その言葉も本書を読んだ後では違って読めてくる。

(現代書館・2970円)

1956年生まれ。NHK番組制作者を経て作家。著書『生命(いのち)の詩人・尹東柱(ユンドンジュ)』など。

◆もう1冊

『セレクション戦争と文学 2 アジア太平洋戦争』(集英社文庫)。「生命の樹」を収録。

中日新聞 東京新聞
2022年4月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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