飛ばないトカゲ ようこそ!サイエンスの「森」へ 小林洋美著
[レビュアー] 尾嶋好美(筑波大学サイエンスコミュニケーター)
◆真面目な学術論文、面白く
「ショウジョウバエも、失恋するとヤケ酒を飲むんですよ」。生物系の研究者と話していると、時折、思いもよらない面白いことを知る。ショウジョウバエが交尾できるかどうかはメスの判断で決まる。ふられたオスは通常時よりも、ガラス管に含まれている酒をなめる回数が増えるということが、論文により明らかになっているそうだ。
科学論文は英語で書かれることがほとんどである。そして、学術的な正確さが最重要視されるため、無味乾燥な文章となっている。読者の興味を引くために、面白く書かれることはないのだ。そのため、ほぼすべての論文は、その分野の研究者以外にとっては、読みやすくも、面白くもないのである。
フランスの研究者が「中米原産のコンビクトシクリッドという魚のメスは、好みのオスがそばにいなくなると落ち込んでやる気を失う」という論文を発表した。実にヒトっぽくて面白い。が、論文を読む人は限られ、この面白さを知った人はほんの一握りに過ぎない。
本書は「論文として発表された様々な動物の面白い生態」をエッセイとして紹介している。どのエッセイも、著者の個人的な思い出や日常生活のことからはじまり、論文を紹介するという流れになっており、とっつきやすい。そして、「どのような実験を行い、どのように分析したのか」という学術的な解説もわかりやすく書かれている。
著者は、面白そうな論文を、同じく研究者である配偶者とともに、日々収集しているとのこと。本書は、落ち込むコンビクトシクリッドについてなどの六十本のエッセイと、関連する論文が引用文献として百二本掲載されている。
「学術的に正しいことを面白く伝える」ことは非常に難しい。しかし、著者は研究者として真摯(しんし)にこの困難に向き合い、研究者以外にも論文の面白味がわかるように、咀嚼(そしゃく)し伝えている。
好きなことにとことんこだわる研究者が、選(よ)りすぐった「面白い科学ネタ」を、気軽に味わってほしい。
(東京大学出版会・2750円)
1963年生まれ。九州大学術協力研究員・発達心理学。『モアイの白目』など。
◆もう1冊
諸藤達也著『文系でも3時間でわかる超有機化学入門』(裳華(しょうか)房)。「カップリング反応」の120年に及ぶ研究の歴史と成果を分かりやすく紹介。