• 黛家の兄弟
  • 威風堂々(上)
  • おんなの女房
  • 警部ヴィスティング 悪意
  • ロシアを決して信じるな

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 時代小説ファン待望の〈神山藩シリーズ〉第二弾の登場である。『黛家の兄弟』では、代々筆頭家老を務める家の三男・新三郎を中心に三兄弟の命運が描かれていく。新三郎は、大目付を務める黒沢家に婿入りし、仕事を覚え始めるが、黛家の将来を危うくする理不尽極まりない事件に遭遇。そして、十三年の月日を閲して変わってゆくもの、変わってはいけないものの中に、温かな人間性回復の回路を浮かび上がらせようとする、正に感動の一巻と言える。美しい人の心映えにいつしか涙が止まらなくなる。

 作家には器というものがあるが、いま天下国家を論じる人物を描いて、伊東潤ほどふさわしい書き手はいない。『威風堂々』は大隈重信を主人公とした大作で、作者の主張は、日本の未来を拓く魁となった人物は薩長人士のみにあらずというもので、後藤象二郎が用意したとされる大政奉還は、すでに重信の腹中にあった事を強調している。作者は、重信の人間性を、『葉隠』への葛藤と共感といった佐賀の風土感の中に探り、一方で早稲田大学創立という自由な教育の必然性を、政界における藩閥政治や軍部の台頭に根差したものであるとしている。

『おんなの女房』は日常でも女として振る舞う、女よりも美しい“女形”喜多村燕弥と、彼のもとへ歌舞伎の事を何一つ知らず嫁いだ武家の娘・志乃の夫婦が、どうやって愛を深めていったかを描いた芸道ものの傑作である。夫婦の想いの綾が燕弥の演じる芝居の演目と共に次第に深まっていく様が巧みに綴られていく。作者は細心の注意と苦心の果てに本書の文体を練り上げ、様々な意匠やたくらみを配置している。

『警部ヴィスティング 悪意』はいつの間にかWOWOWでドラマ化作品の放送も始まっていた人気シリーズの三作目で、二人の女性に対する暴行・殺人・死体遺棄の罪で服役中の男が第三の殺人を告白するところから始まる。男は死体遺棄の現場を供述する見返りに世界一人道的な刑務所へ身柄を移送する事を希望した。ところが男は、一瞬の隙を突いて逃走する。やはり男には共犯者がいるのか、ヴィスティングをイラつかせる反対勢力との不毛な駆け引き、さらには偶然、事件に関わってしまったジャーナリストである娘に対する父親としての思い等が複雑に絡み合い、ラストのひとひねりまでいっきに突き進んでいく。

『ロシアを決して信じるな』のページを、テレビでロシア軍のウクライナへの侵略を見るたびに繰っていると、次第に本と向き合う時間の方が長くなり、あっという間に読了してしまった。本書は現ロシアに対する燃えたぎるような糾弾の書であり、そこには糾弾以上の怒りや悲しみがある。

新潮社 週刊新潮
2022年5月5・12日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク