クルト・ヴァイルの世界 実験的オペラからミュージカルへ 大田美佐子著

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クルト・ヴァイルの世界

『クルト・ヴァイルの世界』

著者
大田 美佐子 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784000226455
発売日
2022/03/11
価格
4,840円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

クルト・ヴァイルの世界 実験的オペラからミュージカルへ 大田美佐子著

[レビュアー] 長谷部浩(演劇評論家)

◆革新者の全体像を構築

 大田美佐子の秀作『クルト・ヴァイルの世界』は、新たな評伝を書く意欲に満ち満ちている。しかも、ヴァイル自身の定義「今日の演劇が人間を描こうとするならば、音楽はこれまでのような心理的な性格づけの役割を捨てて、人間を描くことを第一に考える必要がある」を、本書のなかで見事に実現している。ヴァイルの「人間」が、構築的に描かれているからだ。

 ベルリンの南西、デッサウに生まれ、現代音楽の作曲家として出発した。ヴァイル音楽、ブレヒト劇作の『三文オペラ』の成功によって、従来のオペラの枠にとらわれず、新たな音楽劇を作り上げた。アメリカ文化、とりわけジャズの影響を受けて画期的な革新をなしとげた彼は、ナチスに追われてアメリカに亡命し、ブロードウェイの世界でも活動を行った。本書は「二つのヴァイル」を、ひとりの人間の知的な営為として一貫させる。

 大衆に迎合したかのような批判は、成功者に対してつきものの論難である。音楽出版社との思惑の食い違いも興味深い。著者は、クラッシックが上、ミュージカルが下とは、考えない。なかでも『闇の中の女』の分析がすぐれている。精神分析や夢判断をテーマとしたこの作品で、ヴァイルがその音楽の身振りをコントラスト豊かに描き分けていると評する。一九四○年代初頭、強い女性を、アクロバティックな演出で描いた様子は、映画『スター!』(六八年)で垣間見ることができる。

 本書の特色は、何よりヴァイル自身が書き残した文章を適切かつ簡潔に引用しているところにある。また、当時の批評なども例証として用い、彼の生きた時代が浮かび上がる。NYフィルの指揮者で『ウエスト・サイド・ストーリー』の作曲家でもあるレナード・バーンスタインが『闇の中の女』を「ドイツで修行した成果のすべてをブロードウェイに注ぎ込んだ」と評したのも興味深い。

 周到な調査と考察に裏付けられ、読み物としても成熟している。本書の成功は、大田の清涼な文体によるものだ。

(岩波書店・4840円)

神戸大准教授・音楽文化史。共著に『事典 世界音楽の本』など。

◆もう1冊

ベルトルト・ブレヒト著『三文オペラ』(岩波文庫)。岩淵達治訳。

中日新聞 東京新聞
2022年5月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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