恐怖ものから脱力系まで緩急自在なモロホシワールド、ここにあり! 諸星大二郎×高橋葉介『夢のあもくん』刊行記念対談
対談・鼎談
恐怖ものから脱力系まで緩急自在なモロホシワールド、ここにあり! 諸星大二郎×高橋葉介『夢のあもくん』刊行記念対談
[文] カドブン
構成・文=藪魚大一
写真=首藤幹夫
諸星大二郎さんの新刊『夢のあもくん』は、怪談専門誌「幽」と本誌で連載されてきた連作短編「あもくん」シリーズの単行本第2弾。前作『あもくん』から7年ぶりの続刊発売を記念して、諸星さんと、本誌連載作家同士で10年来の友人でもある高橋葉介さんが対談! 『夢のあもくん』の裏話や、お二人の交流について語ってもらった。
■諸星大二郎×高橋葉介『夢のあもくん』刊行記念対談
――まずは高橋さんから、『夢のあもくん』を読んでのご感想をいただけますか。
高橋:このシリーズは、諸星先生がすごく肩の力を抜いて描かれているような感じがして、私はとても好きなんですよ。
諸星:そうですか? 実際はいつも苦労してひねり出すように描いているんですが……(笑)。
高橋:まるで息抜きのようにのびのび描いているように感じます。それでとても面白いからすごいと思います。
諸星:さすがに息抜きにはなりませんね(笑)。むしろ「怪と幽」の連載は、ほかの仕事の合間の「息を抜きたいなあ」ってタイミングで入ってくるので、全然息を抜けずに描いています(笑)。まあ「あもくん」シリーズは、何でもありで自由に描いているところはありますけど(笑)。
高橋:でも作者が楽しんで描いているように見えるのって、とてもいいことだと思いますよ。作者が苦労して描いているように見えてしまう作品は、読むのがしんどいですから。
――『夢のあもくん』の収録作で、高橋さんが特にお好きな作品はありますか。
高橋:全部好きですけど、正統派で面白いのは「給水塔」ですね。ちゃんと怖がらせようとしている話で好きです。諸星先生のほかの作品でも、給水塔が出てくる話(講談社『私家版鳥類図譜』収録「鳥を見た」)がありますよね。
諸星:そういえば一回扱ったことがありますね。
高橋:やっぱりみんなそういうお気に入りのアイテムみたいなのがあるんですかね。
諸星:アイテム(笑)。
高橋:給水塔には、中に何かが潜んでいそうな怖さは確かにありますね。
諸星:女の死体があったとか、いかにも都市伝説にありそうな。
高橋:死体を隠しといて、蛇口から髪の毛が出てくるとか。
諸星:そもそもあんなところに水を溜めているのが、普通に大丈夫なのか心配になっちゃうんですよね。
高橋:あとは「妖怪ハンター」シリーズの稗田礼二郎が出てくる話がありましたよね。
――「夢のともだち」ですね。「怪と幽」に連載を移してからの最初のエピソードです。
諸星:これは最初、「怪と幽」で始めるにあたって「妖怪ハンター」をやったらどうかと提案されたんですけど、さすがにそれは大変そうなので、ゲスト出演させたんです(笑)。
高橋:私はてっきりこの後も稗田が出てくるのかと思っていたら、次は全然違う話だったので「あれ?」ってなりました(笑)。
諸星:この時だけの登場なんです。
高橋:稗田を見たいので、何か続きを描いてくださいよ。
諸星:うーん(笑)。
高橋:それにしても「あもくん」シリーズは、緩急がありますよね。「給水塔」みたいな怖い話もあれば、一方ですごい脱力系のものもある。「登山君の遭難」なんか、悪ふざけですものね(笑)。
諸星:あれはそうですね(笑)。思いついたら何でもありにしているから(笑)。
高橋:まとめて読むと緩急自在でいろんな話があってすごく面白い。「ムンクの女」は、画風が少し変わっていますよね。これは何で描いているんですか?
諸星:これは薄墨を使って筆で描いています。ムンク風というか、絵画風を狙って。
高橋:なるほど。先生は最近鉛筆にも凝っていますでしょ?
諸星:そうなんですよ。『夢のあもくんでいうと「夢の集会」なんかで使っています。
高橋:どうして鉛筆を使うようになったんですか?
諸星:試しにやってみたら面白くって。僕に合っているんじゃないかなって思っています。
高橋:鉛筆といえば、宮崎駿氏が『風の谷のナウシカ』を描いていた最初の頃に、鉛筆で描いてからそれをコピーして印刷用の原稿にしていたというのを知って、そんな方法があるのかと感心した覚えがあります。
諸星:鉛筆だと出版社によってはすごく薄く出ることもあるから、コピーするとちょうどよくなるのかもしれませんね。
――『夢のあもくん』には、お二人がアイデア交換したという作品があります。その詳しい経緯を聞かせてください。
諸星:「こっちでもへび女はじめました」ですね。
高橋:これは最初に諸星先生のほうからお話が来たんでしたっけ?
諸星:そうですね。高橋先生が「幽」の時に描いた「ヘビ女はじめました」(KADOKAWA『拝む女』収録)からタイトルをいただいちゃおうかと思いまして。そもそも、高橋先生のこのタイトルは「冷やし中華はじめました」から来ているんですよね?
高橋:そうですね。もともとは。
諸星:それを僕がまた中華料理屋の話に戻しちゃったんです(笑)。
高橋:諸星先生からそんなお話が来た時、ちょうど私も「幽」の同じ号に載る「ドラゴン・タトゥーの女」(『拝む女』収録)という話に登場する刺青のデザインをどうしようかと考えていたので、「じゃあこっちもデザイン借りていいですか?」ってお願いして『マッドメン』の「ン・バギ」を使わせてもらいました。
――高橋さんは、タイトルを貸して出来上がった「こっちでもへび女はじめました」をお読みになっていかがでしたか。
高橋:なんとも評しようのない話ですよね。脱力するというかなんというか(笑)。よくこんな話が描けるなと思いました。
諸星:こんなくだらない話をね(笑)。
高橋:いやいや、こういう話を描くのってなかなか難しいですよ。私にはちょっと真似できないですね。
■十年来の交友関係と漫画でのやりとり
――アイデア交換をするほどの親交があるお二人ですが、お知り合いになったきっかけは何だったんでしょうか。
高橋:最初に会ったのは、二〇一二年に出た諸星先生の画集『不熟』(河出書房新社)の対談企画でした。
諸星:そうでした。
――よろしければ、その時のお互いの第一印象を教えていただけますか。
高橋:私はいつも、誰かに諸星先生ってどんな人か聞かれた時には「ファンの人ががっかりするほど普通でもないし、思わず引いちゃうほど変でもない。ちょうどいい変な人」って答えています。
諸星:(笑)。
高橋:漫画家になる前は公務員だったと聞いていたので、会う前は資料を集めることや事務的なことに強い、本当に真面目な公務員みたいな人か、そうでなければイっちゃった人かと思っていたんですけど、実際はちょうどよかったです(笑)。
諸星:高橋先生だって結構似たようなもんだよ(笑)。
――諸星さんから見て高橋さんの第一印象は。
諸星:うーん。どうだったろう。
高橋:普通ですよね。
諸星:いや普通ではないはずなんですよ。でもみんな自分は普通だって言うんですよね(笑)。
高橋:その最初の対談のすぐ後に、私の特集本「文藝別冊 総特集高橋葉介」(河出書房新社)の企画でも、一緒に三鷹の森ジブリ美術館に行って、また対談をしました。ジブリ美術館では諸星先生が展示物よりも全体の構造とか、階段の形とかを気に入ってらっしゃったのが印象的でした。ジブリと言えば『風立ちぬ』も一緒に観にいきましたね。
諸星:そんなこともありましたね。
高橋:そういえば諸星先生ってジブリ以外のアニメもよくご覧になるんですか? 自分はジブリアニメからようやくアニメを観始めた感じなので、あんまり観ているほうではないんですが。
諸星:よくというほどじゃないですけど、録画デッキが自動的に新番組を録画するので、全部は観ないけど、そこからたまに「何か面白いのないかな?」って観ています。
――お二人が最近観た中で面白いアニメはありましたか。
高橋:私が観たのでは『平家物語』が面白かったですね。あとは何かあったかな……。三十過ぎのおっさんが異世界で美少女に転生するっていう、よくわからない話も観ましたが(笑)。
諸星:僕は放送の一回目だけを観ることが多いのですが、面白そうだと続けて観ることもあります。よくわからないと言えば、登場する女の子たちが全員いつでもブルマーというアニメを観たことがあります(笑)。
――そういえば、この対談を始める前にお二人は古いB級映画のDVDを交換してらっしゃいましたが、よく貸し借りされているんですか?
高橋:最初の対談でお会いした時に、話のタネになるかと思って大島渚が監督した白土三平の『忍者武芸帳』のDVDを持っていって、それをお貸ししてからずっとこんなことをしていますね。
諸星:それが最初でしたっけ。
高橋:それで、返してもらった時に、諸星先生がDVDに登場人物の「影丸」の似顔絵を描いてくれたんですよ。
諸星:人のものに落書きしちゃだめですよね(笑)。
高橋:いいんですいいんです。でもその後もよく描いてますよね(笑)。
――そういう交流が高じて、本日お持ちいただいた直筆イラスト入りの扇子や団扇まで贈り合っているというわけなんですね。
高橋:そうなんですよ。あとはFAXを送る時に、ついでにちょこっと漫画を添えるというのをお互いが繰り返していたら、連続ものの漫画みたいになっちゃったってこともありました。
諸星:なんて馬鹿なことをしてるんでしょうね(笑)。
高橋:あの漫画は恥ずかしいから見せないようにしましょうね。
諸星:そうですね(笑)。最近はコロナ禍で会っていなかったせいもあって、FAXのやりとりもしていないんですけど。
――最近はお会いになっていなかったんですね。
高橋:ここ二年くらいは全然会っていませんでしたね。
諸星:コロナが始まってからはね。
高橋:それで去年の暮れに、やっと飲めるようになったかなって久しぶりに会いました。でもまた東京でも感染者が増えて、状況が厳しくなって……。
――電話などのやりとりは。
高橋:そっちのほうも途絶えちゃっていましたね、自然に。
諸星:FAXも特に用件がないと送りづらいですからね。変な漫画だけ描いて送るのもどうかなと思いますし(笑)。
■「あもくん」シリーズの魅力とは
高橋:ところで諸星先生は、アイデアの刺激を受けるのは何からが多いんですか? 資料ですか? それとも小説とか、もしくは視覚的なものからとか。
諸星:うーん、アイデアはだらだら考えていたらどっかから出てくるって感じなので、自分ではよくわからないです。資料はそのつもりで読んでいても、そうそううまい具合にネタになるものはないんですよね。民俗学の本でも「妖怪の何とか」とか「呪いの何とか」ってあるとつい買っちゃうけど、そういうのは逆に参考にはならないことが多いです。むしろ全然関係ない本を読んだりすると、アイデアが浮かぶことが多い気がします。
高橋:何が自分の脳味噌を刺激するのか、わからないですものね。
諸星:そうなんですよ。だから「ネタネタ」って言って探していると、逆にダメなんですよ。
高橋:そういえば『夢のあもくん』の「回談」もそうですけど、諸星先生は回文がお好きですよね。どうしてですか?
諸星:昔我が家で流行って、家族でちょっと作っていた頃があったんです。
高橋:以前セリフがまるごと回文という漫画も描いていましたよね。
諸星:『栞と紙魚子』の新装版(朝日新聞出版)の描き下ろしですね。
高橋:あれは労力的にどうなんですか?
諸星:大変です。
高橋:でしょうね(笑)。
諸星:大変なんですけど、うまくハマったりすると、悦に入ったりするんですよ。
――「回談」の回文はどうでしたか。
諸星:「回談」の回文はわりと簡単だから。
高橋:「暴れるレバア」はちょっとすごいですね(笑)。
諸星:(笑)。これ、実は息子が昔作った回文なんですよ。
高橋:そうなんですか。
諸星:あんまりな回文ですけど。それを
漫画にする父親というのもどうなんでしょうね(笑)。
――漫画に自分が作った回文を使われて、息子さんはなんと?
諸星:いや何も(笑)。そもそも見たのかな、これ? 自分が作ったってことも覚えてないかも。
高橋:あもくんは、やっぱり息子さんがモデルですか。
諸星:いやいや(笑)。一応公式には「モデルはありません」となっています(笑)。
高橋:あもくんのお父さんは諸星先生だったりしますか?
諸星:いや、それも違うつもりなんですけど。
高橋:お父さん視点の話も多いし、先生の目線はあもくんよりもお父さんにあるような気がしますね。あもくんはやっぱりご自分の息子さんみたいな感じで。
諸星:そう見えますかね? ほかに家族を知らないから、そうなっちゃうのかなあ。
高橋:このお父さんは怪奇小説の作家という設定なんですか?
諸星:そういう設定に途中から変えたんです。初めはサラリーマンだったんだけど、怪談文学賞とかを受賞して、プロになろうとしている人なんです。
――高橋さんから見て「あもくん」シリーズの魅力はどこにあると思いますか。
高橋:先程も言いましたけど、作品に緩急があるところですね。言うなれば「アラカルト」とか「点心」です。コース料理とは違って、どの作品から食べてもよくって、美味しいという。『夢のあもくん』はほかの重厚な諸星作品とはまた違う面白さがあるので、皆さん楽しんでほしいですね。……それにしても本当にこのシリーズは、諸星先生がリラックスして描いているようにしか見えないんですけど(笑)。
諸星:そうかなあ。全然楽じゃないです(笑)。
※「怪と幽」vol.010「お化け友の会ひろば」より転載
■プロフィール
諸星大二郎 もろほし・だいじろう●1949年生まれ。マンガ家。74年に「生物都市」で手塚賞に入選し、本格的にマンガ家活動を開始。著書に〈妖怪ハンター〉〈西遊妖猿伝〉〈栞と紙魚子〉シリーズ、『暗黒神話』『孔子暗黒伝』『マッドメン』『あもくん』『BOX』など多数。
高橋葉介 たかはし・ようすけ●1956年、長野県生まれ。著書に「夢幻紳士」シリーズ、『学校怪談』『もののけ草紙』『怪談少年』『人外な彼女』『マリッジ・ミーティング』『師匠と弟子』『拝む女』など多数。初の画集に『にぎやかな悪夢』。
■書籍情報
『夢のあもくん』
諸星大二郎
KADOKAWA
https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000666/
『拝む女』高橋葉介
KADOKAWA 1760円(税込)
怪奇浪漫、不条理ホラー、学園ラブコメ!? 異能のマンガ家・高橋葉介のエッセンスを一冊に濃縮。可憐でおぞましい全30作を一挙収録した決定版。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000362/
「怪と幽」vol.010
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