驚くべき幅広さで「虚像」が生まれた経緯を解き明かす 『戦国武将、虚像と実像』

レビュー

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戦国武将、虚像と実像

『戦国武将、虚像と実像』

著者
呉座, 勇一, 1980-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784040824000
価格
1,034円(税込)

書籍情報:openBD

驚くべき幅広さで「虚像」が生まれた経緯を解き明かす――呉座勇一 『戦国武将、虚像と実像』レビュー【評者:安田峰俊】

[レビュアー] 安田峰俊(ルポライター 立命館大学人文科学研究所客員協力研究員)

■日本人の武将像はいかに変化してきたのか?時代ごとの価値観が浮き彫りに!
呉座勇一 『戦国武将、虚像と実像』

■呉座勇一 『戦国武将、虚像と実像』

驚くべき幅広さで「虚像」が生まれた経緯を解き明かす――呉座勇一 『戦国武将...
驚くべき幅広さで「虚像」が生まれた経緯を解き明かす――呉座勇一 『戦国武将…

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■いわゆる「司馬史観」は決して司馬一人の頭の中から生まれたものではない。

■【評者:安田峰俊(ルポライター)】

「信長のように大胆な改革を!」
 誰もが耳にしたことのある、おなじみのアピールであろう。日本の政治家や中小企業の社長たちは、なぜか織田信長が大好きだ(ほかに坂本龍馬も好きである)。世間における織田信長は、前例にとらわれない革命児で、神仏や将軍・朝廷の権威をものともしない苛烈な合理主義者……ということになっている。
 この手の紋切り型のイメージのひとり歩きは、他の戦国武将についても同様である。
 エキセントリックな革命児たる信長に対して、クーデターを起こした明智光秀は保守的で常識をわきまえた教養人だった(“ということになっている”。以下同じ)。斎藤道三は非情でしたたかな美濃のマムシだったが、その反面で天才・信長の素質をいちはやく見抜いて、心の交流を結んだ唯一無二の理解者であった。
 苦労人の豊臣秀吉は、気難しい信長の心をもとろかす「人たらし」の名人であり、陽気な個性の持ち主だった。徳川家康は常識人かつ我慢の人だが、中年以降は腹芸に長じた狸親父になった。対して家康と戦った石田三成は、亡主・秀吉への忠義の心に溢れているものの、ひとりよがりで人心を得にくい個性の人物だった。二度の大坂の陣で最晩年の家康を追い詰めた真田幸村(信繁)は、日本史上でもまれに見るような「名軍師」であった……。
 広く知られたこれらのイメージは、いずれも史実の本人たちとは大きく異なる(先の坂本龍馬についても然りだ)。日本史上の有名人たちは彼らが有名であるがゆえに、講談や歴史小説の題材としてしばしば選ばれ、フィクションの人物像が大衆向けに広まってきた。本書はそうした虚像に対して、歴史人物たちの実像を示していく。
――とはいえ、実像を示すだけならば、従来もなされてきた試みである。むしろ「学校が教えない歴史」の類の、専門家の手によらない通俗的な歴史本こそ、こうしたアプローチを(あまり高いとは言えない解像度で)しばしばおこなってきた。だが、もちろん本書の内容はそうした部類の書籍とは劃然と異なっている。
 本書の大きな特色は、「虚像」の実態をあばく行為のみならず、「虚像」が生じるに至った経緯について、文献を丹念に渉猟して解き明かす作業に主軸を置いている点こそにある。検証の射程範囲は、たとえば『多聞院日記』のような同時代史料から、江戸期の伝記や史論・戯作文学、さらに近代以降の歴史小説、大河ドラマまで、驚くべき幅広さだ。
 歴史人物について、また江戸時代や明治維新の評価や解釈をはじめとした「歴史」そのものについて、現代日本人の「虚像」形成に最も大きな影響を与えたコンテンツは、司馬遼太郎の小説とエッセイである。だが、いわゆる「司馬史観」は決して司馬一人の頭から生まれたものではない。すこし前の時代には、明らかに司馬が参考にしたであろう「虚像」の人物像の原型を描いた別の作品が存在している。
 歴史人物をいかに解釈するか。実のところこの問題は、幕府への配慮と朱子学的道徳観の影響が強かった江戸期、帝国主義への肯定的視点が反映された明治期、忠君愛国イデオロギーが強調された戦中期、それらを故意に封印して平和主義や経済人の側面を強調しはじめた戦後民主主義期……と、過去それぞれの時期において、驚くほど濃厚な時代的制約を受けてきた。
 現在、一見すると斬新な解釈とも思える「学校が教えない歴史」式の人物像についても、実は過去のある時代のイメージの焼き直しに過ぎないことがある。「虚像」は「虚像」であるだけに、その形は融通無碍だ。
 よく考えてみれば、「虚像」は先入観と読み替えることもできる。そして私たちは、世間の多くの対象について、複数の一次情報を吟味することなく理解したつもりになっている点において、いまなお「虚像」に囲まれて生きている。
 誰かのひとりよがりな思想を反映した「虚像」にとらわれることは、大なるはウクライナ戦争のような世界史的事件や、中国やアメリカのような国家をどう見るかという問題に影響し、また小なるは一人の人間にどう向き合い理解するかという問題につながる。神ならぬ身の私たちが、一切の「虚像」的解釈を排して生きることは現実的に不可能とはいえ、実像に迫る努力だけは不断に続けていたい。そんなことを思わされる一冊である。

■作品紹介
『戦国武将、虚像と実像』

戦国武将、虚像と実像 著者 呉座 勇一 定価: 1,034円(本体94...
戦国武将、虚像と実像 著者 呉座 勇一 定価: 1,034円(本体94…

戦国武将、虚像と実像
著者 呉座 勇一
定価: 1,034円(本体940円+税)
発売日:2022年05月09日

日本人の武将像はいかに変化してきたのか?時代ごとの価値観が浮き彫りに!
妄説、打破!
信長は戦前まで人気がなかった。秀吉は人たらしでなく邪悪だった!?
時代ごとに人物像は変化していた。最新研究による実像に加え、虚像の変遷から日本人の歴史認識の特徴まで解析した画期的論考。

画期的に見える人物像も、100年前の焼き直しにすぎないものが多い。
織田信長は革命児、豊臣秀吉は人たらしで徳川家康は狸親父。明智光秀は常識人で、斎藤道三は革新者、石田三成は君側の奸で、真田信繁は名軍師。
このようなイメージは、わずか数十年前にできたものが実は多い。
彼らの虚像と実像を通して、江戸、明治、大正、昭和と、時代ごとの価値観まで浮き彫りにする!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000583/
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KADOKAWA カドブン
2022年05月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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