求められるのは、倫理観ではなく忠誠心――人間の“業”と“欲”がひしめく、いま話題の企業小説

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

不屈の達磨 社長の椅子は誰のもの

『不屈の達磨 社長の椅子は誰のもの』

著者
安生 正 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414173
発売日
2022/04/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

組織が抱える矛盾と不合理を背景にした見事な人間ドラマ。まれに見る傑作の誕生

[レビュアー] 関口苑生(文芸評論家)

「このミステリーがすごい! 」受賞作『生存者ゼロ』の作者・安生正氏による新刊『不屈の達磨 社長の椅子は誰のもの』は、経営の裏舞台のリアルを描いた経済小説。その読みどころをミステリ評論家の関口苑生氏が紹介する。

* * *

戦後日本の大衆小説において、昭和30年代から40年代にかけて一大ブームを巻き起こしたジャンルにサラリーマン小説がある。

そこには会社乗っ取りなどの悪辣な陰謀やお家騒動を阻止すべく、快男児社員が奮闘努力する涙と笑いの痛快な物語や、サラリーマン生活の悲哀が人間行動のおかしさ、奇妙さに繋がっていく姿が、ユーモアも交えて哀愁たっぷりに描かれていた。

だが、こうした明朗サラリーマン小説の流れは、高度成長期がピークを迎えたあたりからやがて次第に途絶えていく。その代わりに登場したのが、新しいタイプの企業小説・経済小説であった。これらは、それ以前の小説が会社組織と会社員のあるべき姿というか、一種の理想を描いていたのに対し、もっと直接的な“現実”が描かれていた。

実在の企業や業界、人物などをモデルにしたり、実際に起こった経済事象や経済事件を下敷きにしたりと、読者にとってより身近で深刻な内容になっていったのである。当時ある評論家がこうした風潮を、東映のヤクザ映画が義理と人情を主題にしていたものから、実録物へと移行していった経過と酷似していると指摘していたことを思い出す。

しかし“現実”は、その後誰にも予測し得なかったものすごいスピードで変化し、進化していく。詳しく述べる余裕はないが、IT技術や電子機器などの飛躍的発展により、情報は瞬時に世界を駆けめぐり、企業形態にしても、働き方にしても、あるいは事業内容にしても、かつてとはまったく異なった形で再構築され、またたく間に浸透していったのである。加えて、マネーという脅威、怪物が顕在化し、利に聡い外資系投資ファンドなどが、日本企業を食い物にしようと、鵜の目鷹の目で襲いかかってきたのだった。

こうなってくるともう、企業小説が今後どのようなものになっていくのか、想像すらつかなくなる。

とはいえ、である。どのような形になろうとも、そこに描かれる核の部分は、結局のところ人間ドラマにならざるを得ないのでは?というかそれが最も読者の心を打つ面白い物語になる、とひそかに信じてもいるのだった。

そのひとつの答がここにある。

安生正は、ベストセラーとなった〈ゼロ〉シリーズなどの災害パニック・サスペンスで知られる作家だが、もうひとつ一部上場企業に勤める現役執行役員という顔も持っている。そういう人物が本書『不屈の達磨』ではこれまでの作風を一変させ、企業と人間、組織と個人、および上司と部下の関係といった、サラリーマン社会における不朽のテーマに、今さらのごとく真っ向から取り組んだのだ。しかも物語は、引退する社長の後任人事をめぐる、副社長派と常務派の熾烈な社内抗争劇と暗闘の内情という、これまたいかにも古典的な内容である。だが、これが実に凄まじい。かつまた、怖いほどに圧倒的な迫力に満ち溢れた物語に仕上がっているのだ。おそらくは作者自らの経験も相当数込められているのだろう。それだけに、物語のリアリティも、登場人物たちの行動と造形も、何もかもが素晴らしく、張り詰めた緊張感を抱いたまま時を忘れてぐいぐいと読ませるのだ。

主人公の弓波博之は、事業者向けに電力の運用・設備・調達を手がける、業界では二番手の企業の管理本部秘書室長だ。二年前、彼は上司の命に逆らい、怒りを買って九州支店に左遷されていた。それがようやく復帰が叶って、本社に戻ってきたばかりだった。ところが、週刊誌が会社のスキャンダル記事を掲載、社長が失踪するという事件が起こる。この事件を契機に、それまでも燻っていた社内抗争が一気に表面化し、より激化していくのだった。副社長派と常務派それぞれの陣営が、なりふり構わず無謀な行動に走り始めたのだ。対外的にはメインバンクや大株主、さらには中国系の投資ファンドにまで協力を要請し、社内的には敵陣営が不利になるような情報を入手するための工作を進めていく。その手段はもはや何でもありだ。恫喝や誘惑はもとより、卑劣極まりない手練手管の数々がこれでもかとばかり、次から次へと繰り広げられていくさまは、さながらパニック小説を読んでいるようだった。人間の“業”と“欲”がひしめいているのである。

こうした状況を見ると、サラリーマンの世界とはつくづく身分社会であり、強固な制度から成り立っているのだなと考えさせられる。求められるのは、倫理観ではなく忠誠心なのである。その中にあって、彼らは生き残るための処世術や生き方を学んでいくのだ。最近の若者はドライになったというが、これだけは今も昔も変わらない。

どちらの派閥にも属さない弓波は、会社や上司への愛着と憎悪、反抗心と帰属心など、さまざまな気持ちが混ざり合いながら、ひたすら事態の収拾を図ろうと邁進するのだったが……。

組織が抱える矛盾と不合理を背景に、見事な人間ドラマを書き上げた作者は、本書によって新たなるスタートを切ったのではなかろうか。そんな予感を抱かせた、まれに見る傑作である。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク