作家18人が映画界の性暴力に反対 発起人が「自戒と反省」を込めた声明文発表までの経緯を語る

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「蚊帳の外」でも、できること

四月十二日、作家十八人が「原作者として、映画業界の性暴力・性加害の撲滅を求めます」と題したステートメントを連名で発表し、「私たちは物語を安心して委ねられる映画業界を望みます」と訴えました。この声明文には作家のどのような願いが込められていたのでしょうか。文責者となった山内マリコさん、柚木麻子さんに話を聞きました。

――まずは、どのような経緯でこのステートメントの発表に至ったのか教えてください。

山内 三月に、被害を受けた女性たちの告発により、映画界での性加害の実態が明らかになりました。実は最初の報道が出た後すぐ、映画関係者の方から「映画界の性暴力を撲滅するためのステートメントを発表したい。ついては原作者として山内さんと柚木さんたちにも賛同者になってほしい」という依頼がありました。私たちは快諾して、作家仲間にも声をかけていたのですが、この話は途中で立ち消えになってしまいました。

柚木 映画を作るということは関係者がみんなで一つの大きな船に乗るようなものなので、全員が納得するステートメントを発表するというのはとても難しいことだったようです。その時、映画は映画界の人たちのもので、私たち原作者は「蚊帳の外」に置かれているんだなと実感しました。でも、だからこそできることがあるんじゃないかとも思いました。その時点で身近な作家仲間に声をかけていて、みんな是非やりたいと賛成してくれていたんです。

山内 私は、当初はステートメントというものに対する知識が全くなく、映画業界の方から声をかけられて初めてそういう意思表示の形があると知りました。結局、その話はなくなってしまいましたが、賛同を求められたことで、当事者意識も芽生えてきていました。ちょうどその頃、別件の相談があって柚木さんにLINEをしたら、実は私も相談があって……って返事が返ってきて。

柚木 この間のステートメントの話、ずっと考えてるんだけど、「映画原作者」という括りで私たちだけで発表することはできないかな? って聞いたんだよね。

山内 それで、仮の文面を柚木さんに送ってもらいました。柚木さんが最初に送ってくれた文面はかなり硬くて、けっこう厳しい表現も多かったんですよね。

柚木 そうそう。私にとってはブチギレ案件だったので、「何かあったら公開中止を求めます」というようなペナルティ的なことを箇条書きで書いていて、山内さんから「ここまで厳しく書くと、賛同者が少なくなってしまうかもしれないし、作家たちが怒っているだけと思われる可能性もある」って指摘されたんです。

山内 性加害・性暴力の場になっているという事実に怒っているのは間違いないですが、別に謝ってほしいわけではないし、映画を公開してほしくないわけでもない。脅しや威圧ではなく、有効なプレッシャーとして機能する声明にするにはどうしたらいいか。賛同してくれた作家さんたちにも意見を募りながら文章を練りました。

柚木 実は、山内さんに相談する前に、たまたま「女による女のためのR-18文学賞」の選考会で窪美澄さんに会う機会があったので、窪さんに相談してみたんです。そしたら、二つ返事で賛同してくれました。他の作家さんも同じ気持ちでいてくれていることが分かって心強かったです。

山内 仕事柄、文章を書き慣れてはいるものの、何かに対して異議を申し立て、自分の意見を主張するというのは初めてなので、すごく難しかったです。色々な作家さんの意見やアドバイスを取り入れて、少しずつ練り上げていきました。映画業界に対する声明文ではありますが、出版業界にもセクシュアル・ハラスメントの告発はあったという指摘を受けて、「自戒と反省」という表現を加えました。「我々自身も、ハラスメントの加害者になりうるという意識を持たなくてはなりません」という一文は、「男性が性暴力を含むハラスメントの被害者になることもある。性別ではなく立場の問題だ」と教えてくださった作家さんがいたからです。文責者として私と柚木さんの名前を出していますが、それは多忙な賛同作家さんへの個別の問い合わせを防ぐためのもので、みんなで考えて作成した文章です。

柚木 今回は「原作者」として発表したので十八名の名前が表記されていますが、実は映像の原作者にはなっていないけれど、一緒に文章を考えてくれた作家さんが他にもいらっしゃって、全部で三十人くらいの作家さんの意見を伺いました。この場でお名前は出せませんが、本当に感謝しています。

――ステートメントの発表をする上で、気をつけたことはありますか?

山内 せっかく勇気を出して告発してくれた被害者の声が風化しないうちに、なるべく迅速に発表しようと思っていました。本当は三月中に発表したかったのですが、文章を練ったり賛同者を集めたりしているうちにあっという間に時間が経ってしまって……。

柚木 時間があればもっと賛同者を増やすことも可能だったのですが、いつまでも計画を練っているだけではこのニュースそのものが忘れ去られてしまうという危機感がありました。

山内 それと、実際に発表するまで、どんな反響があるか全く予想がつかなかったので、正直少し不安な部分はありました。なんの話題にもならないのも困るのですが、話題になればなるほど批判が起こりやすいのも事実です。賛同者への誹謗中傷が起こるのではないか、という懸念はずっとありました。

柚木 その辺りのリスク管理は山内さんが上手なんです。私は楽天的なので、なんとかなると思っていたし、バッシングも、もしも起きたら十八人で共有して痛みを分かち合おう、くらいにしか考えていなかったのですが、山内さんはステートメントを発表するタイミングも戦略的に考えて、道筋を立ててくれました。結果的に誹謗中傷はほとんどありませんでした。フラットで洗練されたサイトのデザインなど、多方面に気を遣ってくれた山内さんのディレクションのおかげです。

山内 いえいえ……たくさんの作家さんに賛同してもらえたのは、社交的な柚木さんの人脈のおかげですから。私たち原作者は良くも悪くも「蚊帳の外」の存在です。最初に声をかけてもらったステートメントの案件は立ち消えになったと申しましたが、四月二十七日に「映像業界における性加害・性暴力をなくす会」が発足しています。こういった動きがあることもなんとなく聞いていたので、映像業界の真っ只中にいる当事者の方々の活動を邪魔することがないよう、後方支援になればと思い、あくまで「原作者」としての立場を意識しました。

――実際にステートメントを発表してみて、反響はいかがでしたか?

山内 声明文の賛同者に男性がいないということについて問われることがありますが、今回は性暴力であったこと、被害を受けたと声を上げたのが女性たちであったことから、賛同者の中に男性の名前があると、怯えさせてしまうのではないかという懸念があり、女性に限定しました。というのも、性暴力の告発は二次加害が起きやすいのです。告発した方たちに対して、まず同性の味方がいると伝えたいという思いがありました。メンバーが男性のみだとこういう指摘は受けないよなぁと思いつつ、男性を排除する意図ではないことは強調したいです。

柚木 このステートメントは本当にたくさんの、多岐にわたるジャンルの作家さんに賛同していただけたので、注目を集められたと思っています。また、湊かなえさんや三浦しをんさんのような、多くの著作が映像化されている方にも名前を連ねていただけたことで、出版業界や映画業界のいち話題ではなく一つのムーブメントとして認識されたような気がします。テレビや新聞、ラジオなどからも取材を受けました。みなさん好意的に取り上げてくださっています。

山内 被害者でもない人たちが、被害の実態を批判したり、口を出したりするのは憚られるような風潮がありましたが、「蚊帳の外」にいる作家たちがこのような動きをしたことで、みんなが当事者意識を持って考えたり発言をしていいのだという動きが出てきたように感じています。このことが、旧態依然とした業界を変える大事な一歩になることを期待しています。

新潮社 小説新潮
2022年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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