第21回女による女のためのR-18文学賞 「最終候補」全5作品を若手男性社員が読んでみた

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第21回「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞者の上村裕香さん(右)と友近賞受賞者の古池ねじさん(左)

 5月24日、新潮社が主催する第21回「女による女のためのR-18文学賞 」贈呈式が京王プラザホテルにて執り行われた。本賞は2002年に創設。以来、吉川トリコさん、窪美澄さん、彩瀬まるさん、町田そのこさんら、出版界の第一線を走る女性作家を数多く輩出してきた。そんな彼女たちの活躍を学生時代からリアルタイムで見てきたという新潮社の若手男性社員5人は、今年の最終候補作をどう読んだのか。

 ■女による女のためのR-18文学賞
 https://www.shinchosha.co.jp/r18/

(参加者一覧)
Y:入社11年目。Webサイトの広告運用担当。好きな女性作家は千早茜さんと、映画監督の西川美和さん。
H:入社4年目。文芸編集担当。初めて読んだ現役女性作家の作品は綿矢りさ『蹴りたい背中』。
I:入社3年目。営業部で新潮文庫を担当。最近読んだ本だと、松浦理英子『ヒカリ文集』が凄く刺さった。
S:入社3年目。雑誌の広告営業。昨年強烈だった一冊は金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』。
A:入社2年目。週刊誌編集部記者。最近気になっている女性作家は、上間陽子さん。

■「最終候補」ラインナップには世の中のある“ブーム”が反映されていた!?

H みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます。応募者も選考委員も“女性”に限ったR-18文学賞ではあるけれど、21年目を迎えたいま、この賞のことを“男性”が語らうのもアリなのではと思い、お声がけしました。よろしくお願いします。

一同 よろしくお願いします。

A いまは畑違いの雑誌編集部に所属していますが、文芸の仕事にももともと興味があったので、候補作を読むのはすごく楽しかったです。

Y 実はこの企画の発起人はぼくなんです。基本的に「男子禁制」の賞だけど、文芸担当の人たちに掛け合って今日の座談会を実現させてもらいました。

S あ、そうだったんですね。

I てっきり文芸担当のHさんが言い出しっぺなのかと(笑)。

Y R-18文学賞の下読みや選考に関わる社員、選考委員は全員女性。でもぼくらくらいの世代って、男性でも割と女性作家の作品を読んできているじゃない。だからこの賞の候補作を読んで、年も近いみんなと語り合ったらどういう風になるのかなと思って。

H あえて男性陣が首をつっこむ、と。史上初の試みですね。とはいえ「男性目線」の発言であることにはこだわりすぎず、読書会感覚でざっくばらんに話してもらえたらと思います。読んできてもらったのは、大賞を受賞した「救われてんじゃねえよ」(上村裕香)、選考委員の友近さんが選ぶ「友近賞」を受賞した「いい人じゃない」(古池ねじ)ほか、「わらいもん」(にしまあおり)、「ユスリカ」(村崎夏生)、「海のふち」(平石蛹)の最終候補全5作。まず率直に、全部読んでみてどうでした?


「小説新潮」2022年5月号掲載の「救われてんじゃねえよ」の扉ページ

S 「笑い」を絡めた作品が多いなと。お笑いやバラエティーが登場する作品が3つありましたよね。「救われてんじゃねえよ」「わらいもん」、それから「海のふち」。

Y 世の中的にも「お笑いブーム」が来ているもんね。

A その中だと、ぼくはやっぱり大賞を受賞した「救われてんじゃねえよ」が一番印象に残っています。お母さんの介護をしながら生活している17歳の女子高校生・沙智の物語ですが、一見相反するようにも思える「介護」というテーマと「官能」的な要素が上手に共存していたと思います。お母さんの病状が酷くなるほどお父さんとのセックスが多くなる歪さだとかも、意外性があって惹かれました。

I 沙智もお母さんもお父さんも、キャラが立っていてよかったよね。あと、ほかの最終候補の中には、会話文が物語の進行の軸になっている作品も多かったじゃないですか。でもこの作品は、沙智目線で見た家の風景や両親のセックスの描写が、彼女の気持ちの動きを表しているような印象を受けました。きっと普通は表現しづらい生々しい描写さえも、全部すくい上げるようにして書かれているからなんだろうな。

H ラストシーンではある実在の芸人さんが登場するけど、あそこからの描写は特に強烈だったな……。五感を刺激されたというか。

Y ぼくはこの小説は「臭い」小説だなと思った。沙智がお母さんと接するシーンからは、女性の“汚さ”がにおいとして伝わってくる気がしたんです。文字で読んでいるはずなのに。

I 汗やらおしっこやら。

Y そうそう。あれは女性だからこそ書けるディテールじゃないかな。一口に「母親の介護」って言っても、それを女性がやるのか男性がやるのかで多分違うじゃないですか。男性がやる場合、親子とはいえ、無意識の部分で異性ゆえの距離感なんかが出てくると思うんです。この小説で描かれた母親の汚さには、女性の書き手ならではの“近さ”を感じました。

S ぼくは沙智がお笑い番組を眺めているような雰囲気で現実を見ているところが面白かったです。「セックスってお父さんとお母さんなりのボケなんじゃないかな」とか。それも決して作りものめいていなくて、「ああ、こういう風に世界を見る人も本当にいるだろうな」っていう感覚にさせてくれて。

Y すごくドライに現実を見ている一方で、そうやって物事に向き合うことが、彼女にとっての現実逃避だったり、救いにつながっているのかな。

S 本当に満足度の高い一作でした。

■変わりゆくR-18文学賞


過去の受賞作

H お笑いつながりでいくと、「わらいもん」。ひょんなことから会話を交わした女子高校生、中野とニシダが漫才コンビを組む話。出だしから文体が軽やかで、二人の会話のテンポもよくて、気持ちよく読みました。個人的にはラストシーンの明るさも好きだな。

A ニシダのキャラクターがかわいらしくて、タイプかもしれないです(笑)。

H おバカキャラ風だけど、繊細さを兼ね備えているのがギャップもあって良かったよね。中野とニシダの名前は、実在の芸人さんたちから取ったんだろうか……? ぼくは読みながら、二人の芸人さんの顔が浮かんできたんだけど。「蛙亭」の中野さんと「ラランド」のニシダさん(笑)。

一同 ああ(笑)。

H とにかく著者のお笑いに対する情熱が伝わってきました。偏見だけど、漫才とかコントのネタを書いたことがありそう(笑)。

Y 作中に出てくる漫才のネタはぼくも好みでした。すごく笑いのセンスを感じる……。

I 「わらいもん」は漫才だけど、例えば演劇とかバンドとかの物語って、「いざ本番」っていうシーンが描かれていないものも多いじゃないですか。その点、この作品はきちんと二人の本番まで見届けることができたのが個人的には面白かったな。

A 強いて言うなら、本番前に二人の関係を象徴するような出来事とか、ネタが出来上がる過程ももっと読みたかったです。そういう描写があれば、ラストシーンがもっと際立ったと思うんです。それにしても、いまのR-18文学賞はこういう爽やかな作品もアリなんですね。

Y 本当にね。どうしても初期の印象が強く残っていて、「エロ要素」をどこかに入れないといけないのかと思っていたんだけど。正直に言うと、ぼくは初め、この作品を女子高校生二人の「百合もの」なのかなと思って読み進めていたんです。でも最後まで官能的だったり、ドロドロしたりっていう展開にはならなかったから驚いた。

S R-18文学賞は“第二章”に入っていて、初期とは傾向が変わったんですよね?

H うん。初期は「性にまつわる小説」がテーマだったんだけど、第十一回以降は「性自認が女性」の書き手が「自分の感性を生かして書いた小説」なら何でもOK。そうは言っても僕自身、この賞の名前にも使われている「女による女のための」という言葉に引っ張られてしまったようなところがあるんです。「わらいもん」を読み終わったとき、おもしろいんだけど、「女子高校生二人の物語である必然性はあっただろうか」という感想も抱いてしまって。中野とニシダが男子だったとしても、同じ構成の物語は書けたんじゃないかと。だから「R-18文学賞の候補作として考えたとき、この作品はどうなんだろうな」って思っちゃったんですよ。いまは「性」や「女性的な感性」を盛り込むことはマストじゃないのに。究極、女性の登場人物が一人たりとも出て来ない作品でもいいわけですよね。

S そこはもっと積極的に情報発信をしていってもいい部分かもしれませんね。

一同 たしかに。

■力作揃いだった21年目


「小説新潮」2022年5月号掲載の「いい人じゃない」の扉ページ

H 残りの3作品についてはどうでしょう? ぼくは「友近賞」を受賞した「いい人じゃない」も好きでした。エンタメとして単純に面白かったな。終盤にとある「仕掛け」が明らかになって、それだけでも「なるほど、そういうことだったのね!」っていう驚きがあるんだけど、さらに読み進めていくと……。

I ぼくも面白く読みました。メイン登場人物はシングルマザーの律と、彼女の大学時代の同級生・遠山さん。特段仲が良かったわけでもない二人があるきっかけでまた連絡を取り合うようになって……っていう話ですね。二人の関係性は「百合」っぽい感じなのかなと思っていたんですけど、その予想もいい意味で裏切られました。

A 遠山さんに限らず、律を中心とした人間関係の在り方が多彩で面白かったです。

S タイトルもおしゃれですよね。「いい人じゃないのよ」って諭しているのか、「いい人じゃない?」って共感を求めているのか、「いい人じゃない!」って否定しているのか。

H タイトルからも「行間」を感じるよね。

Y 面白いんだけど、最後の展開が早すぎませんでしたか? ぼくはちょっと面喰らっちゃって……。あと、主人公の律にいまひとつ感情移入ができなかったな。繊細な面もあれば図太い一面もあるんだけど、振れ幅が大きくて、結局この人はどういう人間なのかっていうのが見えにくかった気がします。

S Yさんはそう読まれたんですね。その点について言えば、ぼくはすごく律の気持ちが理解できる気がするんです。彼女は自分のなかに潜む悪意を、自覚的にコントロールしながらうまく生きているというか……。そういう人を「腹黒い」って言いがちですけど、彼女の場合、それとはまた違う価値観に感じて。

Y へえ~。なるほどね。読み手によって登場人物の見方がこんなに違うって、面白いね。

H 「ユスリカ」も良かったな。恋人との関係がマンネリ化してしまった30代の女性・旭が、近所の花屋で働く塚原君との関係を妄想して……。同世代くらいの読者には、主人公のどこか冷めたような恋愛観に共感できる人も多いんじゃないかな。

A 地雷系の「きらら」こと信子のキャラクターも魅力的でした。見た目は「病み系」ですが、しっかり真面目なところがあるんですよね。

H でも1個だけ。タイトルがちょっと惜しかったと思うんだけど、どう?

I ぼくも同意見です。旭や塚原君の内面にちなんで、タイトルが意味深な花言葉を持つ花の名前とかだったら……。

H ね! 内容はとても好みだったから、もしそんな感じのタイトルだったらぼくはもっとこの作品を好きになっていたと思う。

S 最近いろんなところで見聞きする「多様」という言葉も印象的に出てきます。本当に多様な生き方とは、という点ですごく考えさせられました。

Y 性描写もあるけど、女性の目線で淡々と、でもすごくリアルに書かれていますよね。感覚的なこととかは男性のぼくらには理解しきれないけれど、だからこそ表現として効果的だったりするのかな。

H こういう瞬間は男性器でいうとどういう感じなのか、っていう想像はできますけど、リアルな感覚としては分からない。そういう認識の差も人間に性差があるからこそという感じがして面白いですよね。

A 「海のふち」は情景描写がとても綺麗で、よかったな。ノスタルジックな気分を味わいました。ぼく、長野県の田舎の出身なんですよ。長野には海はなくて、この作品は海辺の話ですけど(笑)。

I 情景描写、よかったよね。読んでいて映像で再生される感じがしました。楽しめる要素がたくさん詰まっていて、濃厚だった。

S 登場人物の設定や主人公の行動に込められた想い。心に残る描写がちりばめられていて、上手いですよね。

H ぼくはもっとエンタメに振り切っても良かったと思うな。メイン登場人物である美衣子の過去に、寛二の秘密。そこに眠る魅力をもっと引き出せたんじゃないかなと。

Y 言いたいこと、わかるかも。R-18文学賞は短篇の新人賞だけど、この作品はもしも長編になったらどうなるのかが気になるし、すごく読んでみたい。

H どの作品の著者も、今後が楽しみですね。今回はどの作品も選考委員の評価が高めだったんですって。

一同 へえ~!

A 豊作だったんですね。読めてよかったし、みなさんと話せたのも楽しかったです。

I 機会があったら、またこういう会をやりたいです。

H そうだね。新型コロナが収束していたら、その時はお酒でも飲みながら。

Y 飲みたいだけでしょ(笑)。

一同 (笑)

Book Bang編集部
2022年6月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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