舞踏馬鹿 土方巽(たつみ)の言葉とともに 正朔(せいさく)著 

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舞踏馬鹿

『舞踏馬鹿』

著者
正 朔 [著]
出版社
論創社
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784846021382
発売日
2022/03/14
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

舞踏馬鹿 土方巽(たつみ)の言葉とともに 正朔(せいさく)著 

[レビュアー] 森下隆(慶応大 アート・センター所員)

◆「肉体の作業」問い続け

 土方巽の死後、詩人の吉岡実(みのる)が文芸誌に十一ページに及ぶ長編の追悼詩「聖あんま断腸詩篇」を発表した。この詩篇は驚くべきことに、引用というレベルではなく、土方の言葉そのものを繋(つな)いで成立している。

 本書の副題も「土方巽の言葉とともに」とある。著者は最晩年の土方に師事し、土方の言葉を日々浴びていた。ということで、本書にも土方の言葉が溢(あふ)れている。

 著者が言うように、舞踏は「具体的な肉体の作業の場」である。土方は全身全霊で踊りに立ち向かい、教えの場でも心血を注いだ。舞踏家として絶頂にありながら、自ら舞台に立たなくなったのも「舞踏」をつくるためであった。

 著者にとって「土方巽に恋い焦がれ始めた舞踏」である。とはいえ、著者が師事していたのはわずか二年。逼塞(ひっそく)が四、五年も続いた後、亡くなる前年、土方は疾風怒濤(どとう)のごとく、命を削って「肉体の作業の場」に立ち続けた。この一年、土方は切迫していた。切迫していたのは舞踏活動だけではない。体は傷み、死期が迫り、肉体も切迫していた。

 著者はその最後の一年、土方の鬼気迫る稽古に接し、思考の極限から吐かれる言葉を全身で浴びて、ついにはその死に立ち会う運命となった。土方の言葉も心血も受け容(い)れ、深く長く記憶に留めおき、こうして約束の書のような一書が生まれたのである。

 土方の言葉は、いかんせんアフォリズムめいていたり反語的であったりして、舞踏の理会にたどりつかない憾(うら)みがある。本書でも、土方の舞踏を解きほぐそうと「東北歌舞伎」、「舞踏譜」、「衰弱体」といったキーワードも提出されるが解答はない。

 表現を捨て、技術を超えて、舞踏はあるのだろうか。光と闇、生と死、肉体と精神、意味と無意味。そのはざまにあって、自らの存在に錨(いかり)を降ろして、土方が創造した舞踏に向き合うほかない。本書はそう促している。

 読者も著者が伝える土方の言葉の前に立ちすくむほかないだろう。没後三十六年。私たちはいまだに「舞踏とは」と問い続けている。

(論創社・2420円)

1956年生まれ。舞踏家。現在は長岡ゆり主宰「Dance Medium」で活動。

◆もう1冊

森下隆編著『【写真集】土方巽 肉体の舞踏誌』(勉誠出版)。舞踏家土方巽の生涯を写真と文章で紹介。

中日新聞 東京新聞
2022年5月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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