加藤シゲアキ「考え始めると隘路に嵌って…」 次回作はミステリー、プロットだけで2万字に

対談・鼎談

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チュベローズで待ってる AGE22

『チュベローズで待ってる AGE22』

著者
加藤, シゲアキ, 1987-
出版社
新潮社
ISBN
9784101040219
価格
605円(税込)

書籍情報:openBD

チュベローズで待ってる AGE32

『チュベローズで待ってる AGE32』

著者
加藤, シゲアキ, 1987-
出版社
新潮社
ISBN
9784101040226
価格
737円(税込)

書籍情報:openBD

『チュベローズで待ってる AGE22・AGE32』文庫化記念 道尾秀介×加藤シゲアキ スペシャル対談 新しい「読書体験」を求めて

[文] 新潮社


『チュベローズで待ってる』AGE22・AGE32 加藤シゲアキ

道尾秀介×加藤シゲアキ・対談「新しい『読書体験』を求めて」

加藤シゲアキの青春ミステリー『チュベローズで待ってる AGE22・AGE32』が単行本刊行から五年の時を経て待望の文庫化!これを記念して、作者の加藤シゲアキとミステリー作家・道尾秀介の対談が実現した。3年ぶりに再会した二人が、互いに作品の考察をしながら、執筆に対するこだわりや新しい「読書体験」を求め続ける姿勢を語り合った。

五年の時を経て


『チュベローズで待ってる AGE22』

加藤 お久しぶりです。道尾さんと最後にお目にかかったのは二〇一九年の年末の「タイプライターズ」(フジテレビ)でしたね。

道尾 そうですね。加藤さんがドラマ「悪魔の手毬唄」で金田一耕助を演じられるということで、原作者の横溝正史の話をしました。金田一耕助役ができるなんて、むちゃくちゃ羨ましかったですよ。僕は横溝ファンなので、本気で金田一耕助になりたいと思ってましたからね(笑)。

加藤 なんだか恐縮です。しかも今日はお忙しい中『チュベローズで待ってる』のゲラを読んできてくださったということで……。二冊もあって、分厚いのに、本当にありがとうございます。

道尾 いやこれ、本当に面白かったです。単行本は拝読していなくて、文庫化にあたってゲラで初めて読ませていただいたんですが、読み終えてページ数を確認したとき、こんなにボリュームのある小説だったのか! ってびっくりしました。まったく長く感じなかった。このスピード感は、エンタメ長編としては理想的な読み味ですよね。

加藤 ありがとうございます。

道尾 ストーリーの続きが気になって読むというより、主人公である光太の行く末が気になって読んでいたら物語に没頭していて、気がついたら読み終えていたという感覚でした。僕が普段あまり読まないタイプの小説なので、新鮮さもあってすごく面白かったです。

加藤 本当に嬉しいです。光太のどのあたりが気に入っていただけましたか?

道尾 『AGE22』の最初の方で、光太が家族や彼女と一緒にファミリーレストランに行くシーンがありますよね。家族の前では長男っぽく振る舞うけど、その後、彼女と二人きりになった途端に愚痴をこぼしだすところとか。あそこで書かれている光太は、二十二歳の青年らしく、本当に器の小さいしょうもない男ですよね。若い頃なんてだいたいそんなもんなんですよ。でも作者としては、あまりそのあたりをリアルに描写すると、主人公が読者に嫌われちゃうんじゃないかという恐怖があるから、なかなか思い切って書きづらい。その点でも、あれは上手く書けてるなあと思いました。

加藤 『AGE22』の方は男性週刊誌の「週刊SPA!」での連載だったので、読者層を意識して、むしろああいうキャラクターの方が共感してもらえるかなという期待もあったんです。「SPA!」って、男の生々しくてちょっと嫌な部分を刺激してくるようなところがあって、そこがとても面白い雑誌ですからね。

道尾 最初から媒体に合わせてたってことですか?

加藤 そうですね。長期連載も初めての挑戦だったし、そもそも、デビュー版元であるKADOKAWAさん以外で小説を書くのが初めてで、しかもそれまで長編は書き下ろしで書いていたので、どこから書き始めたらいいか分からなかったんです。雑誌の読者層からキャラクターや設定を考えていって、就活に失敗してホストになる青年の話を考えました。

道尾 いま、さらっとおっしゃいましたけど、それはなかなかできることじゃないですよ。

加藤 芸能活動が長いので、例えば、この時間帯にこの番組を見る人はこういうものを求めてるんじゃないかな、と意識する癖みたいなものがついているのかもしれません。

道尾 なるほど。キャラクターも魅力的でしたが、文章もお上手だなと思いました。抑制の効いた、計算された文章ですよね。ホストクラブのオーナーである水谷の描写に、「ターボライターで葉巻に火をつけ」というものがあるんですが、「ターボライターで」という表現を加えることで、彼のキャラクターに奥行きが出るのはもちろん、そのシーンが2Dから3Dになって、立体的に浮かび上がってくる。他にも水谷が「下品に笑った」という表現もありましたが、ものすごく計算して「下品に」の一文を加えているなと感じました。書きすぎるとくどくて面白みが無くなるし、かといって何も書かないとどんな風に笑ったのか分からない。あのシーンにおいて「下品に笑った」という表現は、まさにストライクですよね。

加藤 道尾さんにそんな風に褒めてもらえるなんて嬉しいです。僕の中では、頭の中に浮かんだ映像を書き起こしている感覚があるんです。だから視覚的に印象に残りやすい表現を意識して描写しています。でも、『チュベローズで待ってる』に関しては、服装や髪型の描写に頼りすぎるとキャラクターがごちゃごちゃする恐れがあって、あまり書けないんですよね。だから小物とかお酒とかで表現していました。まあそれも手癖みたいなもので……。今回、文庫化にあたって五年ぶりに読み直して改稿したんですが、改稿前の原稿は書き込みすぎてて、散らかっていましたね。改稿した原稿を読んでもらえたから、褒めてもらえている気がします(笑)。

道尾 五年経つと、僕も文章はかなり変わります。改稿されたということですが、どんな風に変えたんですか?


『チュベローズで待ってる AGE32』

加藤 かなり削りました。細かい表現も一つずつチェックしてすっきりさせましたし、『AGE32』の方は読むときのテンポを意識して、エピソードごと削った部分もあります。昔は「この表現で伝わるかな」と不安になってつい書き込みがちだったのですが、必要な部分とそうでない部分を冷静にジャッジできるようになってきた気がします。

道尾 それは『オルタネート』(新潮社)が文学賞を受賞したり、賞の候補になったりしたことで自信がついたというのもあるんですかね。

加藤 それもあると思います。作家としてのキャリアを重ねることで、読者を信じられるようになりました。でも、僕自身の年齢や読書経験の積み重ねもあると思います。昔と比べて、読み方が変わってきたなという実感があります。かつては読み手として、丁寧な描写が多い文章が好きだったんですが、最近は、情報が多い文章は読んでいて疲れるなと感じるようになりました。五年前の原稿に自分で校正を入れているようで、今回の改稿作業は本当に勉強になりました。

道尾 描写の巧みさだけではなく、会話文もお上手だなと感じました。会話だけで進行するシーンの中に、ふと関係ない情景描写を入れているところなんて、読者を飽きさせない技術をしっかり心得てる。

加藤 そこはかなりこだわっているところなので、気づいていただけて嬉しいです。

道尾 光太の性交渉のシーンの描写もテクニカルですよね。実際の性交渉の生々しい描写と、光太の脳内で展開されている心理描写を交互に入れていて、あのシーンは本当に感心しました。あれも意識して書いていらっしゃるんですよね?

加藤 狙って書こうとは思っていないんですが、性交渉を生々しく書くだけではなく、ちょっと引いた視点も入れたいなと思ったんです。そのレイヤーを書きたいというか……。正直、うまく書けているかどうか分からない部分だったので、そう言っていただけるとほっとします(笑)。

物語の始め方、終わらせ方

道尾 『チュベローズで待ってる』は二冊本なんですね。

加藤 そうです。上下巻とか一、二巻という謳い方はしませんが、『AGE22』の続編が『AGE32』という形で同時に刊行します。これは単行本の時と同じです。

道尾 僕、『AGE22』を読み終えた時、川端康成の「片腕」という短編を読んだ時のことを思い出したんです。「片腕」は、ものすごく幻想的な風景から始まって、たくさんの謎を残したまま、あるところでプツンと終わる。僕は「こんなに謎を残したまま潔く終わるなんて、すごい小説だ。これは川端康成の最高傑作だ!」と大興奮したんですが、ふとページをめくったら、その続きが書かれていた。僕が勘違いしていただけで、そこで終わりではなかったんです。『AGE22』の終わり方もそうで、謎は残されたままだけど、素晴らしい終わらせ方だし一冊の本として完成している。でも続編があって、そこで謎が明かされていくというのも、読者としてはとても嬉しいし何より楽しめる。モヤモヤしたラストが受けなくなってきている風潮もありますし、こういう刊行形態はとてもいいですよね。


キャプション

加藤 僕は小説の終わらせ方はいつもこだわっていて、ちょっと気になるラストとか、余韻の持たせ方は意識して書いています。でも、道尾さんの最新刊の『N』(集英社)を拝読して、道尾さんは最初に謎を提示したり、読者の気を引く仕掛けをされたりするんだなと思いました。それぞれの章の冒頭で「あれ?」と思わせて、ずっと気になったまま読み進めてしまう。でも、小説のどこでその核心に触れるかというのは各章によって違うので、読んでいて飽きませんでした。すごく面白かったです。

道尾 ありがとうございます。『N』は、各章だけを個別に見ると、どれもオープンエンドに近いですね。ストーリーを完結させた後も、少し余白を残しています。余白に対して「要白」という言葉があるそうです。「必『要』な『白』い部分」という意味で「要白」。そこは意識しています。

加藤 「要白」って初めて聞きました。面白い言葉ですね。昨年刊行された長編の『雷神』(新潮社)は、ラストが衝撃でした。読み終えた時に「え!?」ってなりましたよ(笑)。書かれていることは全て理解しているのに……と呆然となりました。映画だと、衝撃的な結末の映画を観た後でも、エンドクレジットを観ているうちに、だんだん現実に戻って来られるという感覚がありますが、小説はそれがない。『雷神』は心の中でエンドクレジットを流す時間が必要なくらい衝撃的でした。でもすごく面白くて、いい読書体験だなと思ったんです。

道尾 終わらせ方は本当に色々あって、その作品にぴったり合うものを見つけるのが面白いですよね。

加藤 本当にその通りです。ところで、道尾さんは小説を書くときにプロットは用意されるんですか?

道尾 僕は、A4の真っ白なコピー用紙にフリーハンドで思いついた事を書いていくんです。矢印で繋げたり、脇に書き足したり、とにかくバーっと書いていきます。その時、敢えて消しゴムを使わないようにしてるんです。消さないから、どんな風に考えて、どう変わっていったかがあとでわかる。それをパソコンで打ち直して、きれいにしてプロットにしていくという形です。

加藤 手書きですか。A4で何枚くらいになるんですか?

道尾 作品によってまちまちです。一枚でできる時もあれば二十枚くらいになることもあります。

小説は自由

道尾 加藤さんは、次回作にはもう取り組んでいらっしゃるんですよね? ミステリーだという噂を聞きましたが……。

加藤 プロットは書きました。プロットだけで二万字くらいになりましたね。ここまでちゃんとしたプロットを書いたのは初めてです。でも、ミステリーってなんだろうと考え始めると隘路に嵌ってきてしまって。

道尾 あんまり難しく考えない方がいいですよ。この間、飲み屋にいったとき、別のお客さんと話していたんですけど、「レロレロレロ……」って口に出して言うのは簡単で、誰でもできる。だけど、レとロを入れ替えて「ロレロレロレ……」って言おうとするとなぜか言いにくい。でも、最初の「ロ」という発音以外、実は全部一緒なんですよ。難しく考えるとぎくしゃくしちゃうから、できなくなっちゃうことってあるんです。余計なことは考えない方がいいです。

加藤 本当におっしゃる通りですね。参考にしようと思って『雷神』をはじめとした色々なミステリー小説を読んでみたんですが、どれも面白くて、ミステリーって自由だなと思いました。一方で、読めば読むほどミステリーの定義がわからなくなるし、読んだ小説と同じことは書けないと思うと不自由になる気がするんです。

道尾 加藤さんは書き方が独特だから、何を書いても、誰かと同じようなことを書いているって指摘する読者はそんなにいないんじゃないかな。

加藤 そういうものかもしれません。『チュベローズで待ってる』を書いたとき、意識してミステリーを書こうとしたわけじゃなかったんですが、エンターテインメント的に小説の意外性を追求していったらミステリーっぽくなったんです。だからジャンル的にはミステリーなのかなと思っていますが、実際はSF、恋愛、仕事などてんこ盛りなんですよね(笑)。

道尾 エンタメ全部載せって感じでしたよね(笑)。しかし、原稿ができてからの扱い方、つまり帯のコピーなどを含めた売り出し方は、本当に難しいですよね。僕の新刊の『N』はコンセプトが受けて、たくさんの人が買ってくれたんですが、実は内容についてはどこにも詳しく書いていないんですよ。

加藤 道尾さんは積極的に新しいものにチャレンジされている印象があります。『N』は、「読む順番で世界が変わる」というコンセプトの小説ですが、最初からこの構想はあったんですか?

道尾 そうですね。書いているときから七二〇通りの読み方ができるようにしようと考えていました。実際に刊行してからの反響を見るに、やっぱり、世の中は新しいものを求めているんだなと実感できた。やってよかったです。

加藤 筒井康隆さんの『残像に口紅を』(中公文庫)の例もありますが、物語の面白さはもちろん、今の読者は新しい「読書体験」を求めているように感じます。

道尾 とくに若い人は、「モノ」よりも「コト」に重きを置くみたいですね。車はいらないけど、楽しいドライブはしたいというように。僕はリアル脱出ゲームが好きで、そっち方面の仕事もしているんですが、すごく人気ですよ。

加藤 音楽の業界もそうですね。今はコロナで人数制限をしないといけないのですが、ライブ人口ってあんまり減ってないんですよ。道尾さんは、どういうきっかけで『N』のようなチャレンジをしようと思ったんですか?

道尾 読書人口が減ってきているというのは、僕らにとっては悲しいことだけど受け止めないといけない現実ですよね。でも、どんな業界でも、商品の売れ行きが落ちてきたら商品改良をするじゃないですか。でも、なぜか本は「読まない人が悪い」みたいな風潮があります。それってなんだかおかしいというか、サボっているように思うんです。だから、作るものを変えていって、もう一度読者を掴みにいくべきだと感じていて、最近はそっちにも力を入れています。

加藤 僕もここ数年ずっとそういうことを考えているんです。音楽の業界だと、新しいものを作ろうという意欲がすごいし、出来上がったものをどうやってプロモーションするかというところに会議を重ねていく。小説も、もっとそういう事をしていいと思うんです。道尾さんは、内容を工夫するだけではなく、届け方も変えることで新しい読者を開拓しようとしていらっしゃるように感じました。それは僕が向かっている場所に近いというか、同じ方向を目指しているように思って、すごく嬉しかったです。こういう事をやってもいいんだ、といろんな作家が気づいてチャレンジすべきだなと思います。

道尾 小説って本当に自由ですよね。まだ誰も踏み入れていないところに足跡を残すのはとても気持ちがいい。加藤さんのこれからの挑戦も楽しみにしています。

 ***

道尾秀介(みちお・しゅうすけ)
1975年東京都出身。2004年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビュー。07年『シャドウ』で本格ミステリ大賞を、09年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞を、10年『龍神の雨』で大藪春彦賞を、同年『光媒の花』で山本周五郎賞を、11年『月と蟹』で直木賞を受賞。その他の著書に『向日葵の咲かない夏』『鏡の花』『いけない』『雷神』『N』など多数。

加藤シゲアキ(かとう・しげあき)
1987年、大阪府出身。青山学院大学法学部卒。NEWSのメンバーとして活動しながら、2012年1月に『ピンクとグレー』で作家デビュー。その後もアイドルと作家活動を両立させ、21年『オルタネート』で吉川英治文学新人賞、高校生直木賞を受賞。本作は直木賞候補にもなり話題に。その他の著書に『傘をもたない蟻たちは』『チュベローズで待ってる AGE22・AGE32』、『できることならスティードで』などがある。

新潮社 小説新潮
2022年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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