『文豪とアルケミスト』ノベライズ作者が語った創作秘話 上演や映像化を意識した「下心」も?

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『文豪とアルケミスト』ノベライズ作者が語った創作秘話 上演や映像化を意識した「下心」も?

[文] 新潮社


『文豪とアルケミスト』ノベライズ作品は、新潮社文庫nexより第三弾まで刊行されている。 写真=青木登

 2021年11月に5周年を迎えた文豪転生シュミレーションゲーム 『文豪とアルケミスト』(以下『文アル』)。美しいキャラクタービジュアルや豪華声優陣によるキャラクターボイスで話題を呼び、現在では累計登録者が140万人を超える人気ゲームだ。

 今回は5周年を記念して、「芥川龍之介」を主人公にした『文アル』ノベライズ第一弾『顔のない天才』(新潮文庫nex)の著者・河端ジュン一氏に創作秘話を聞いた。
“ノベライズ”の果てに目指すものとは?

 * * *

――2019年に刊行された『顔のない天才 文豪とアルケミスト ノベライズ』(新潮文庫nex)では、転生した芥川龍之介が菊池寛ら仲間とともに『地獄変』を黒く染めた「侵蝕者」に挑みます。この作品はどういった流れで執筆されたのでしょうか?

 きっかけはDMM GAMESさんから「芥川龍之介を主人公にしてノベライズ作品を書いて頂けませんか」とオファーをいただいたことです。 『文豪とアルケミスト』(以下『文アル』)のノベライズ第一弾でしたから、「小説としての面白さ」はもちろん、「『文アル』の世界観の魅力を伝える」ことが私のなかでは最優先事項でした。

 当時の小説やゲームの流行りとして、過去の人間が生まれ変わって登場する「転生もの」や武器など様々なものが人間として登場する「擬人化もの」がありましたが、『文アル』はその両方の個性を併せ持っています。“歴史上実在した文豪”が転生して“キャラクター”となる、この魅力を伝えることができれば、小説としても面白い作品になるのではないかと考えました。

――芥川龍之介という題材についてはいかがでしょう?

 個人的な解釈ですが、私は芥川に対して「天才に仕立て上げられた人」というイメージを持っています。芥川に才能がなかったということでは決してなくて、彼の生きた激動の時代や師・夏目漱石をはじめとした周囲の人間の思惑など、大きな流れがいくつも絡み合った結果、“文豪・芥川龍之介”という天才像が生まれたんじゃないか。芥川自身は生前、そのうねりの中で苦悩していたんじゃないかなと。この題材と、先ほど挙げた『文アル』の世界観の魅力を合わせて考えたとき、テーマが決まりました。「僕は本物なのか?」です。

 そのため、『顔のない天才』は、侵蝕者との戦いと、視点人物である芥川の内面的な問題が同時に展開していく構成をとっています。冒頭で「『地獄変』に潜書する」という課題が示されて、ラストで解決される。同時に芥川の抱えている問題も解決され、ジンテーゼに至ってカタルシスに繋がるように作りました。

――執筆の過程で、特にこだわったポイントや意識したことを教えてください。


(C)2016 EXNOA LLC

 担当編集さんには、「内部資料を極力たくさん見たい」とお願いしました。例えば、ゲーム上のイベントではキャラクターたちがどういう関係性で、どういうセリフのやりとりをするのか。シナリオデータを頂いて全部に目を通しました。 『文アル』のキャラクターイメージと、私のもつ文豪たちへのイメージに齟齬があると感じたときには、史実を当たりました。『文アル』が文豪たちを再解釈している以上、各キャラクター設定の理由は、必ず史実にあるはずですから。

 分かりやすい例で言うと、久米正雄が芥川に嫉妬しているイメージは、二人とも夏目漱石の木曜会に参加していたことや、久米が学生時代に芥川よりも先に俳句で目立っていたこと、その後の夏目漱石との往復書簡など、史実に端を発していると推測できます。

 それから、ゲームサイドでまだ固めていない部分であっても、小説を書くうえで必要な情報については急遽、DMM GAMESさんに確認し、教えて頂きました。例えば帝國図書館の大まかな構造です。文豪たちの居室や館長の部屋、食堂はどういう位置関係なのか。ゲームでは場所を移動すれば瞬時に背景が切り替わりますが、小説ではキャラクターが自分の脚で移動するし、様々な風景を目にします。そうした描写のために、DMM GAMESさんにもご協力いただきながら、ともに作品を作り上げていきました。

 ゲームでの言い回しをそのまま残した上で、スパイスとして史実の文豪らしい言葉選びを意識しているところもあります。例えば志賀直哉のセリフ回しは他のキャラクターよりも明瞭にするとか、堀辰雄はちょっと詩的にしたり、誠実な雰囲気を出してみるなどです。 『顔のない天才』は基本的に芥川の視点で進んでいくので、芥川ならどう感じて、どう表現するのかということも大事にしました。例えば芥川が志賀を見て「今日も整っている」と表現するシーンだとか。地の文であっても、芥川の視点として違和感のないような言葉選びを心掛けています。

 また、客観的な映像ではなくて、主観的な映像が目に浮かぶ文体も意識して書いています。例えば登場人物が自分の心の深い部分まで潜っていくシーン。そこでの情景は、個人の精神世界が現実世界に染み出てくるような描写を心掛けています。侵蝕された文学書も、言わば侵蝕者の心の表れです。潜書した芥川らが見る風景も、同様の意識で表現しました。他にも、視点人物の目線の動きに応じて、話し相手の唇や髪の毛をクローズアップするなどカメラの動きで飽きさせないように努めています。

 実は、この作品を劇や映像にしていただくことがあればやりやすいように、という下心もちょっとありまして(笑)。

――ゲームにアニメ、コミックやドラマを小説にすることを一口に「ノベライズ」と言いますが、そこにはどんな喜びや苦労があるのでしょう?

 もとになる世界の根幹は、ほかの方がつくっているもの。それを自分の解釈というフィルターを通して、小説として描いていく。自分一人では書けないものを書かせていただいているという感覚がすごくありますね。自分の書いたものが原作に還元されて相乗効果を生むことができればありがたいですし、私自身の喜びにもなります。

――今回本誌には、久米正雄を主人公としたスピンオフ短編『二度目の舟』をご寄稿いただきました。

 久米正雄は『顔のない天才』にも思わせぶりなポジションで登場するのですが、『二度目の舟』ではそんな久米の内省的な部分が、彼の一人称で読めるようになっています。もちろんゲームをプレイしたことのない方や、『顔のない天才』を未読の方のために、短編単体での面白さも追求しました。何も知らなくてもキャラクター小説として魅力があり、史実の“文豪・久米正雄”を知っているとなお楽しい、史実について知らない場合は史実を調べたくなるようなお話になっていれば幸いです。

――『文アル』ファンに限らず楽しめる作品づくりを目指している?

 それは常に考えています。文庫『顔のない天才』の巻末には、「新潮文庫」に入っている文豪たちの著作の広告が並んでいます。私の作品を手に取ってくださった読者さんを彼らの著作に導くことは、大事な役割の一つだと思っています。実際に作品に触れたほうが『文アル』をもっと楽しめますし、興味を持った方が文豪の記念館や文学館を訪れるのも素敵な活動です。そのためにも、単体の読み物としていいものにするという意識は非常に大事だと思って書いています。


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――『文豪とアルケミスト』は2021年11月に5周年を迎えました。改めて、河端さんの思う『文アル』の魅力を教えてください。

 おめでとうございます! やはり実在していた文豪を再解釈しているところが魅力です。“史実”という揺るぎない共通認識があるからこそ、『文アル』ユーザーも、読者も、私たち作り手も、ある程度の道標に沿って作品にアプローチできます。

 逆に史実として残っていない箇所については、文豪本人が生きていない以上、誰にも正解は分かりませんが、だからこそその解釈にみんなが思いをぶつけ合えます。ノベライズや二次創作をする者にとって妄想のしがいがあるというか、おのおのが解釈していいんだなという余白が魅力的です。

 人間には、「自分が思う自分」と「他者から見える自分」があって、その境界にドラマがあると思うんです。その点で、文豪に再解釈を許していることは、人間の面白みや魅力をエンターテインメントとして伝えるのにすごく適していると思います。

新潮社 小説新潮
2022年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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