『雨あがる 映画化作品集』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
街道筋の安宿に足止めされた浪人が見せる才
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「梅雨」です
***
走り梅雨、送り梅雨、枯れ梅雨、女梅雨、青梅雨……雨の降り方や時期によって梅雨の呼び名はいろいろあるが〈梅雨はあけた筈なのに、もう十五日も降り続けで、今日もあがるけしきはない〉という戻り梅雨を背景に展開するのが、山本周五郎の「雨あがる」だ。
雨に降りこめられた街道筋の安宿に、妻と二人で滞在する三沢伊兵衛。学問・武芸に秀でた武士だが、他人に配慮しすぎる性分ゆえに、なかなか仕官が決まらず浪人中の身である。
同宿者は各地を渡り歩く縁日商人や旅芸人、遊女など。長雨で仕事にならず、みな苛々して諍いが起こる。いたたまれなくなった伊兵衛は賭け試合をし、勝った金で宴会を開く。同宿者たちは喜び、鬱々とした雰囲気は吹き飛んだ。
ある日、喧嘩の仲裁に入った伊兵衛を藩の老職が偶然見たことから仕官の声がかかる。長雨もようやくやみ、新しい出発となる日、仕官話が立ち消えになったとの知らせが入る。原因はあの日、同宿者のために行った賭け試合だった――。
秀でた能力を自分のために使うことができない伊兵衛。それはやさしさであると同時に、ある種の弱さでもある。迷惑をこうむるのは身内だが、妻は〈他人を押除けず他人の席を奪わず……このままの貴方もお立派ですわ〉と夫を肯定する。
この物語の本当の主役は思慮深く芯の強い妻だろう。雨上がりのラストシーン、爽やかな風が吹き上げる峠の上で、いたわるように夫を見上げる妻の姿が心に残る。