料理家やショップオーナーなど17組の「食器棚と器」を公開 伊藤まさこが見て回った「台所」を中心とした暮らし

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

あっちこっち食器棚めぐり

『あっちこっち食器棚めぐり』

著者
伊藤 まさこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/家事
ISBN
9784103138754
発売日
2022/06/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

毎日使う器にはその人らしさがにじみでる

[レビュアー] 太田祐子(編集者)


『あっちこっち食器棚めぐり』で紹介されているデザイナーの橋本靖代さんの食器棚

人気スタイリスト・伊藤まさこが、料理家やデザイナー、フローリストなど17組の「食器棚と器」を紹介する『あっちこっち食器棚めぐり』が刊行。十人十色の食器棚から、収納のヒントや盛り付け方、DIYのアイディアなどが収録された本作の読みどころを、編集者でタブレ代表の太田祐子さんが紹介する。

 ***

 かつて「お勝手探検隊」のひとりとして活動したわたくし。料理上手との噂を聞きつけるや、伝手をたどって料理家さんやスタイリストさん、はたまた一般の方のおうちの台所へ潜入する。愛用の道具はどういうものか、水屋や棚に何が入っているか。冷蔵庫の工夫や生ゴミの処理の仕方までネホリハホリ伺ったあげく、メジャーをシャキンと取り出してはお勝手内の寸法まで測りだす始末……了解をいただいていたとはいえ、思えば傍若無人の振る舞いであったことよ(ちなみにお勝手探検隊とは、雑誌「クウネル」の台所拝見企画を書籍にまとめた際の編者名です)。

 伊藤まさこさんの新刊『あっちこっち食器棚めぐり』を一読し、そんな昔を思い出したのは、イラストレーターの山本祐布子さんと蒸留家の江口宏志さんの章で、冷蔵庫や食器棚が置かれる細長いスペースを「私のコックピット」と表現している一文に出会ったから。直接の担当ではなかったけれど、独身時代の山本さん宅にもお勝手探検隊は潜入しており、そのときの小さくて温かみのある、しかし機能的でセンスのいい台所を彼女は同じ言葉で表していたのだった。家族が増え、住む土地が変わり、暮らしが大きく変化しても、食を生み出す場所についての考えがぶれない。それはやっぱりなんだかすごいことなんじゃなかろうか。

『あっちこっち食器棚めぐり』は、「芸術新潮」の連載〈あの人と食器棚〉をまとめたもので、伊藤さんがギャラリーのオーナーや料理家さんなど、食いしん坊仲間たち17組を訪問し、食器棚と器を見せてもらうという趣向。何度も訪れたことのある勝手知ったるおうちもあれば、まっさらな気持ちで訪れるお宅もある。食器棚を拝見し、主と相談して器を選び、なにかしらの料理を盛りつけ、一緒に食べる。見入ってしまうのは、やはりこの盛りつけ写真だ。


スティグ・リンドベリのボウルに揚げ春巻き

 スティグ・リンドベリのモダンなボウルにはベトナムの揚げ春巻きがこんもり。飛び鉋の目が清々しい小石原焼の皿にはきゅうり、梨、ディルを和えたサラダを。それは額縁と絵の関係における調和のような、逸脱した美しさのような。器はやっぱり使ってこそと思わせる、さすがのセンスなのである。

 そしてその「なにかしらの料理」とはほとんどが伊藤さんによるレシピで、ビーツのポタージュにラーパーツァイ(白菜の甘酢漬け)、ボルシチに洋風肉じゃが、ピェンローなどなど。食いしん坊女王の名をほしいままにする(してません)伊藤さんならではの垂涎のレシピに思わず身を乗り出して熟読してしまう(有名な妹尾河童版ピェンローよりごま油が入らないぶん、あっさりした仕上がりになりそうだ、など多々発見あり)。


ボルシチにきゅうりと梨のサラダ

 閑話休題。本のなかの伊藤さんは、いろんな方の食器棚や器の様子にふむふむ納得したり、その意外性にびっくりしたりする(読み返すとあちこちでびっくりしている)。その、心が動くポイントは、読者である自分とそんなにかけはなれていないように思えるが、途中でどえらいヤマにぶちあたる。それは伊藤さん自身の食器棚だ(まさこ事変)。インパクトの全貌は本書をごらんいただくとして、リビングの壁一面にしつらえられた和食器棚と洋食器棚のなんともいえないかんじのよさよ。

 和食器棚には、温かみのある土ものときりっとした磁器が竹のかごや木の小引き出しと一緒に並び、かたや洋食器棚といえば、白を基調とした北欧の器やグラスがずらり。旅先の蚤の市やヴィンテージショップで見つけ、連れ帰ったものがほとんどだとあるが、そのどれもが働きものの顔つきをしているところがなんともにくい。そして巻末では、コロナ禍と本書の取材を機に変貌を遂げたその後の食器棚の様子が披露されるのだった(まさこ事変2)。

 食器棚とはそもそもどんな存在かと思いを馳せてみる。毎日の食事を支える器の宿であると考えれば、その人らしさが自然に現れている場所、虚飾が入り込みづらい空間かもしれない。人気の現代作家の器や年代物の漆、北欧のデザイン製品や世界中の民陶や日本の民藝。器とて、ざっかけない皿も貴重な鉢も食器棚に収まっている以上、その人の日常に出番を待つもの。目玉焼きをのせられるにせよ、手のこんだ特別な料理を盛られるにせよ、主の心のままにその存在はある。

 家にこもりがちな毎日のなかで、伊藤さんはこんなふうに語っている。

――私がしみじみ感じているのは、器の持つ力のすごさです。(中略)「地味でふつう」なおかずの数々を、器はいつだって新鮮に見せてくれる。たとえば、ほうれん草のおひたし。今日は片口にざっくりと、翌日は一人分ずつ小鉢にちんまりと盛ってみる――

 そんなふうにあれこれ考え、器を選ぶのも楽しいのだと。食器棚は日常のもの。そして食いしん坊にとってはこのうえない楽しみをくれるもの。過去の取材に学ばなかった元お勝手探検隊隊員が本を読み終え、最初にしたことは、食器棚の奥にしまった小鉢を手前の列に移したことだと、こっそり告白しておこう(棚板も水拭きしました)。

新潮社 波
2022年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク