「十代に傷つき、傷つけられた経験は、思いのほか深く残る」 青春の呪縛からの解放を描いた『たこせんと蜻蛉玉(とんぼだま)』

エッセイ

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たこせんと蜻蛉玉

『たこせんと蜻蛉玉』

著者
尾﨑, 英子, 1978-
出版社
光文社
ISBN
9784334914738
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

「十代に傷つき、傷つけられた経験は、思いのほか深く残る」 青春の呪縛からの解放を描いた『たこせんと蜻蛉玉(とんぼだま)』

 十代の頃に聴いた音楽は、耳に残り続ける。音楽だけでなく、その頃に経験したことは、良くも悪くも記憶に残り続けるものだ。たとえ輝かしい時間だったとしても、その眩(まぶ)しさに胸が締め付けられ、それによって苦しめられることだってあるだろう。

 この物語の主人公にも忘れられない恋があった。シングルマザーの宇多津早織(うたつさおり)は隅田川(すみだがわ)の近くで不登校の息子と二人暮らし。死別した夫へのわだかまりを抱える一方で、高校時代に経験した恋の古傷を癒せずにいた。『元彼』である沢井文也(さわいふみや)をSNSで見つけてフォローしているのは、弔えないままの恋を引きずっているから。もっと言えば、四十二歳になった自分の現実からの逃避願望も入り交じっている。ひどく傷つけられたにもかかわらず、青春の呪縛から逃れられない。そんなある日、かつての恋の盤上に立っていた同級生、雨谷尚美(あまやなおみ)と再会、早織は過去と向き合うことになるのだが……。

 冒頭の話に戻ると、十代に傷つき、傷つけられた経験は、思いのほか深く残る。だけど年を重ねただけ大人になると、その傷跡も含めて、今の自分なのだとわかることがある。

 ところで、タイトルにある「たこせん」だが、えびせんにたこ焼きを挟んだもので、関西ではよく知られたおやつだ。パリッとしたせんべいにたこ焼きを二個挟んで、ソースとマヨネーズを惜しみなく……。青春の舞台となる淡路島の、夏の浜辺で食べたたこせんの味が、主人公の早織には忘れられない。私も執筆中に食べたくなって、自家製たこせんを作ってみた。なかなかの出来だったが、早織が食べたもののほうがずっと美味しかったはずだ。あの時、あの場所で、あの人と食べたからこそ。

 本を閉じた後、それぞれの「たこせん」が蘇るような、ノスタルジックな余韻を残すものに物語がなっていることを願う。

光文社 小説宝石
2022年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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