特別公開対談! 『黒牢城』で直木賞受賞の米澤穂信が宮内悠介と〈時代×ミステリ〉を語る

対談・鼎談

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黒牢城

『黒牢城』

著者
米澤 穂信 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041113936
発売日
2021/06/02
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特別公開対談! 『黒牢城』で直木賞受賞の米澤穂信が宮内悠介と〈時代×ミステリ〉を語る

[文] カドブン

構成・文/瀧井朝世

■圧巻の直木賞受賞作『黒牢城』と、続々重版の『かくして彼女は宴で語る』
米澤穂信と宮内悠介が時代小説と謎解きの融合を語った対談を特別公開!

織田信長に謀叛し籠城した荒木村重の史実を背景に、城内で起こる事件を土牢の囚人・黒田官兵衛が解き明かす戦国×ミステリ『黒牢城』。
明治末期に若き芸術家たちが結成したサロン「パンの会」で、会員の木下杢太郎や北原白秋らが、謎めいた女中・あやのを交えて推理合戦を繰り広げる『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』。
「小説 野性時代 第224号 2022年7月号」に掲載された二人の対談のショートverを特別公開! 米澤さんと宮内さんが、異なる時代の物語を紡ぐ難しさと面白さについて語り合いました。

『黒牢城』特設ページはこちら
https://kadobun.jp/special/kokurojyo

■「時代と謎を紐解く」
米澤穂信×宮内悠介 対談

宮内:今日は奇しくも同時期に日本の過去を扱ったミステリを書いたということでこの場を設けていただきましたが、正直、比べるのもおこがましいといいますか・・・・・・。同じ過去を扱うにしても、米澤さんの『黒牢城』は語彙から文体から、一種異様なまでに作り込んでおられる。プロならここまでやって当然、という域を超えていると思います。

米澤:そうまでおっしゃっていただくと恐縮です。語彙に関しては、資料に出てくる当時の手紙や、戦果報告書から自分で拾っていきました。語彙を褒められるとあの日々が報われたなと思います。ただ、それらにしても言文一致の前の書き言葉なので、話し言葉については分からない部分が多いんです。

宮内:当時の話し言葉を厳密に再現しても、読むのが難しそうではありますね。

米澤:そう思います。それに、厳密に再現しようとしても、方言が分からないんですよ。江戸時代の初期に書かれた『雑兵物語』には当時の口語も出てきますが、これにしたって三河方面の言葉で、『黒牢城』の舞台は摂津ですから違う言葉になります。ですから多かれ少なかれ、時代劇語を使うしかなかった。そこに忸怩たる思いを抱くべきかどうかは迷いますね。小説としては必然的な選択だと思います。と、力説すればするほど言い訳のようになってしまう(苦笑)。

宮内:私の場合はもっと不真面目に、雰囲気を損なわない程度の線で妥協したものでした。『かくして彼女は宴で語る』で明治期を書くにあたって、最初は連城三紀彦さんの『戻り川心中』の路線の文章を書けないかと思ったのですが、私がやると、どうしても文章の装飾が推理のさまたげになってしまう。それで、目指していたのは泡坂妻夫さんの『亜愛一郎の狼狽』やチェスタトンの『詩人と狂人たち』の路線でしたので、泡坂先生を見習ってシンプルな文体に寄せたのでした。

『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』 宮内 悠介【著】(幻冬舎)
『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』 宮内 悠介【著】(幻冬舎)

米澤:ああ、『詩人と狂人たち』ですか! 面白いですね。『かくして彼女は宴で語る』はミステリ作家なら憧れるアシモフの『黒後家蜘蛛の会』の形式で書かれていますが、あれは会のメンバーが推理合戦をするものの、結局は給仕のヘンリーがシメを受け持ちますよね。その構造に明治期の実在の人物たちを当てはめるとなると、詩人たちに「分からない」と言わせるのが難しいのではないかと思っていましが、そこでチェスタトンというのは不意を打たれました。

宮内:詩人つながりですね。実在の詩人たちに迷推理をさせる必要が生じるので、なるべく彼らについては格好よく書こうとはしています。

米澤:かつ、ヘンリー役、つまり探偵役をフィクショナルな人物にはできないですよね。『かくして彼女は宴で語る』では給仕の女性、あやのが名推理を披露しますが、彼女は何者かではあるはずだろうと思いました。この当時、女性で何者かとなると数人候補がいますが、その中の一人は作中で言及されるのでこの人ではないな、などと考えながら読みました。

宮内:そうです。作中では唐突に明かされますけれど、実はわりと推理可能なんです。

米澤:すごい趣向だ(笑)。(『かくして彼女は宴で語る』をめくりながら)ああ。さきほど泡坂妻夫と聞いてピンとこなかったんですが、四十四ページの傍点が振られた台詞なんて、言われてみればどう考えても泡坂ですね。

宮内:はい、その台詞は泡坂です。『黒牢城』は編集者との雑談で「有岡城に幽閉された黒田官兵衛が安楽椅子探偵役だったら」と話したことから始まったそうですが。

米澤:そうした揮発していくようなアイデアはあちこちで話すんですけれど、それを拾ってもらいました。「米澤さんの倫理観の苛烈さは籠城という状態のなかで生きるはず」と言ってくださったんです。それで城の主である荒木村重について調べるうちに、彼を窓口にして十六世紀末の日本そのものを描くことができるのではないかと思いました。

特別公開対談! 『黒牢城』で直木賞受賞の米澤穂信が宮内悠介と〈時代×ミステ...
特別公開対談! 『黒牢城』で直木賞受賞の米澤穂信が宮内悠介と〈時代×ミステ…

宮内:連作ミステリのなかに戦国の人々の論理の対立構造が組み込まれていて、そこにも驚かされました。

米澤:ありがとうございます。先日、有栖川有栖先生に「官兵衛が探偵役になるという発想だけでは出オチになる。それだけではない何かが必要だったんでしょう」という趣旨のことを言われ、見抜かれたと思いました。当時のいわゆる浄土真宗や鎌倉新仏教の在り方や教義に興味があったので、そこを小説の中心に置こうと決意した時に、はじめて小説として成り立つと思いました。
『かくして彼女は宴で語る』は北原白秋など、芸術のための芸術を求めるパンの会という運動に参加した詩人たちが登場しますが、この会にご興味をもたれたのはどうしてだったのでしょう。宮内さんは、綾辻行人さんの『霧越邸殺人事件』に寄せられた解説でも、パンの会に言及されていましたよね。

宮内:解説で触れたのは、作中にパンの会が出てきたからなのですが、新本格ムーブメントが起きた頃の綾辻さんたちがパンの会に重なって見えた、ということもあります。
パンの会が好きになったのは、ひとつは詩の研究をしている妻の啓蒙によるものですが、もうひとつは、この会が自然主義とは一線を画して純粋に美を追い求め、ヨーロッパの美術運動を真似てサロン的なことをやろうとして、洋食屋をカフェに見立てたり、隅田川をセーヌ川に見立てたりと、ある種の可愛らしさのようなものもありまして。そして、参加している人たちがまだ何者でもない。世に出るかでないかの頃の人たちのパワーみたいなものはやはり好きです。

米澤:ラファエル前派にも似た熱さを感じます。作中、石川啄木が登場するのもいいですね。石川は生活のために芸術に触れているから、本質的にはパンの会に加担できない。単に売れなきゃ意味がないというような薄っぺらい現実論ではないところで、芸術をお金に換える術も必要だという視点が持ち込まれるのも好きでした。

宮内:あの頃の啄木は就職して、ちょうど夢から覚めつつある時期なのですよね。

米澤:主要人物は木下杢太郎ですが、どういうご興味があったのですか。

宮内:当時、八方破れな芸術家が多いなかで、杢太郎は真面目に医学と芸術の間で悩んでいたところに惹かれました。よく、杢太郎はユマニテの人と言われます。ユマニテはフランス語でして英語だとヒューマニティ。人間性のほかに古典学という意味がありまして、古典の先に人間的な知恵があると、杢太郎はそのようなことを言っています。古典に倫理の源を求める、だいたいそのような意味でしょうか。杢太郎の鴎外論に出てきたのち、今はどちらかというと杢太郎自身を指す言葉になっています。

米澤:ただ優しいというのでなく、倫理観に哲学の裏付けがあった人なんですね。終盤では杢太郎の青春の終わりを感じさせて、あの場面もいいです。

宮内:あそこは結構、青春なのですよね(笑)。そして青春の苦みといえばむしろ米澤さんですね。『ボトルネック』などが印象深いです。米澤さんの作品からはそれ以外に、過去、異世界、時に紛争、熱狂と対峙させられた人々……といったキーワードが浮かびます。『黒牢城』ですと熱狂を生み出す構造は何かというところにも踏み込まれている。君主論的な側面もありますね。リーダーが徐々にリーダーの資質を失う、そのプロセスが描かれていたように思います。ミステリ連作としての順番もすごく考えられていて、最初は雪密室的な殺人というオーソドックスな謎で。

米澤:それは二つの理由がありました。まず、戦国時代を書くのは初めてなのでカロリーの高い謎をぶつけたくなかった。もうひとつは、謎の形も解決の形もシンプルにして、導入部分で「あ、ストレートなミステリをやるんだな」と思ってもらいたかったんです。

宮内:戦国の論理を使いながら、シンプルながら鋭い手筋あり、楽しく拝読しました。

二人が「時代を描く難しさ」を更に語り合う! 対談ロングverは「小説 野性時代224号」に掲載されています。

■プロフィール

特別公開対談! 『黒牢城』で直木賞受賞の米澤穂信が宮内悠介と〈時代×ミステ...
特別公開対談! 『黒牢城』で直木賞受賞の米澤穂信が宮内悠介と〈時代×ミステ…

米澤穂信(よねざわ ほのぶ)
1978年岐阜県生まれ。2001年、第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞を『氷菓』で受賞しデビュー。11年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、14年『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞。『満願』および15年発表の『王とサーカス』は3つの主要年間ミステリランキングで1位となり、2年連続の三冠となった。21年刊行の『黒牢城』で第12回山田風太郎賞、第166回直木三十五賞、第22回本格ミステリ大賞を受賞。『黒牢城』は4つの主要年間ミステリランキングすべてで1位を獲得し、史上初の四冠を達成した。

■書籍情報

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特別公開対談! 『黒牢城』で直木賞受賞の米澤穂信が宮内悠介と〈時代×ミステ…

『黒牢城』(KADOKAWA)定価1,760円(税込)

■プロフィール

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宮内悠介(みやうち ゆうすけ)
1979年東京生まれ。92年までニューヨークに在住、早稲田大学第一文学部卒。在学中はワセダミステリクラブに所属。2012年の単行本デビュー作『盤上の夜』は直木賞候補となり、日本SF大賞を受賞。13年『ヨハネスブルグの天使たち』も直木賞候補となり、日本SF大賞特別賞を受賞。同年に「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。16年『アメリカ最後の実験』が山本周五郎賞候補になる。17年『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、前年芥川賞候補となった『カブールの園』で三島由紀夫賞を受賞。18年『あとは野となれ大和撫子』で第49回星雲賞(日本長編部門)受賞。20年『遠い他国でひょんと死ぬるや』で芸術選奨新人賞受賞。

KADOKAWA カドブン
2022年07月01日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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