『伝わるチカラ』
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<書評>『伝わるチカラ 「伝える」の先にある「伝わる」ということ』井上貴博 著
[レビュアー] 粂川麻里生(慶応大教授)
◆アナウンサー 日々の苦闘
ここ数年、「伝え方」本が流行である。コピーライター、経営コンサルタント、心理学者など、さまざまなジャンルの「伝え方のプロ」がその発想や戦略を披露している。私も大学の担当授業でコピーライターの方に何回か話をしてもらったら、その授業の内容が『伝え方』の本にまとめられ、ベストセラーになってびっくりしたこともある。
まあ、無理もない。日本の国語教育にはコミュニケーション力を育てる側面が極端に少ない。小学校から高校まで、文章の読解がメインで、人を説得、懐柔、誘惑する方法は教えてはくれない。簡単なプレゼンテーションの方法さえ、体系立てては教えてもらえないのだ。わが国の善男善女が「その道のプロ」による「伝え方」指南を求めるのも無理はあるまい。
本書もその延長線上にある企画だろう。著者はアラフォーのTBSアナウンサーである。私は、読み始める前に、いささか複雑な思いで本を手にしていた。伝える? テレビ局のアナウンサーが? テレビは本当に伝えるべきことを伝える努力をしているのか? そんな本を書いている暇があったら、もっと別のことを頑張ってほしい。そう思うのは私だけではあるまい。
読み始めて、「やはり」と脱力した。「伝える」と「伝わる」は(主語が)違う、という校長先生のような話から始まり、幼稚舎から慶応の著者がTBSの入社試験をどうパスしたか、というような中途半端な「勝ち組」の話へとつなぐ。ぐいぐい巻き込まれる展開ではない。
ただ、それでも私は本書を読み進めていた。それは、著者が「テレビは沈みゆく船」であることも、大衆がテレビを信用しなくなっていることも、よく意識しているからだろう。現代日本の中堅報道人として著者が提供するのは、「こうすればうまくいく」という処方箋などではない。沈みゆく日本社会とメディア業界の中で、それでもより良いコミュニケーションを求めようとする、日々の苦闘の記録だ。それはたしかに私にも「伝わった」。
(ダイヤモンド社・1540円)
1984年生まれ。TBSアナウンサー。2022年第30回橋田賞受賞。
◆もう1冊
五戸(ごのへ)美樹著『人前で輝く!話し方』(自由国民社)