<書評>東宝空想特撮映画 轟(とどろ)く 1954−1984 小林淳(あつし)著

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東宝空想特撮映画 轟く

『東宝空想特撮映画 轟く』

著者
小林 淳 [著]
出版社
アルファベータブックス
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784865980943
発売日
2022/05/13
価格
4,180円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>東宝空想特撮映画 轟(とどろ)く 1954−1984 小林淳(あつし)著

[レビュアー] 藤井克郎

◆音楽録音の多彩な逸話

 作曲家、伊福部昭の映画音楽録音の現場を一度、取材したことがある。一九九三年の『ゴジラVSメカゴジラ』のときで、大きなスタジオに約七十人のオーケストラが入り、炎を吐くゴジラの映像をスクリーンに映しながら音を鳴らす。当時すでにこんな面倒な方法で映画音楽を録音していたのは東宝の特撮映画だけだったが、伊福部は「量感と同時に演奏の精神を伝えることができる」と信念を貫いていた。

 この本は、伊福部をはじめとした音楽を中心に全盛期の東宝空想特撮映画を概観した研究書だ。五四年の『透明人間』から八四年の『さよならジュピター』までの五十本について、よくぞここまでと思うほど詳しく調べている。

 例えば伊福部が音楽を手がけた『宇宙大戦争』では、弦の特殊奏法のスルポンチチェロで「この世ならざるもの」を表現。『怪談』での武満徹は、諏訪湖の氷が割れる実音を録音し、電子変調して音を作ったなど、披露する逸話は実に多彩だ。

 博覧強記は音楽面にとどまらない。『海底軍艦』で丸の内を破壊する描写は、ミニチュアセットの土台の支柱にワイヤーを結び、トラックで一気に引っ張った。撮り直しができないため、六台のカメラで同時に撮影したという。

 これらの記述の端々から伝わるのは、東宝特撮映画に対する深い愛情だ。中でも核への警鐘が根底に流れていることには最大限の敬意を払っており、アメリカ生まれのキャラクターを主役に据えた『キングコングの逆襲』でも、放射能が世界の勢力図を一変させる危惧は薄れていないと評価。被爆国である日本ならではの矜持(きょうじ)への共感を示す。

 実は五十作にゴジラ映画は含まれない。すでにゴジラに特化した本は何冊か出版しており、今回の刊行で東宝空想特撮映画の歴史を網羅したことになる。だが、東宝は今も最先端のVFX(視覚効果)を駆使してSF大作を世に送り出していて、新作の『シン・ウルトラマン』をはじめ大衆の人気は衰えない。伊福部らの後を継ぐ音楽家も含め、さらなる分析を期待したい。

(アルファベータブックス・4180円)

1958年生まれ。映画関連著述家。著書『伊福部昭の映画音楽』など。

◆もう1冊

小林淳著『ゴジラ映画音楽ヒストリア 1954−2016』(アルファベータブックス)

中日新聞 東京新聞
2022年7月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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