『どこにもないテレビ』
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<書評>『どこにもないテレビ 映像がみつめた復帰50年』渡辺考(こう) 著
[レビュアー] 松村洋(音楽評論家)
◆沖縄の現実伝えた放送人
戦後、歌謡漫談で沖縄中を爆笑の渦に巻き込んだ照屋林助(りんすけ)。彼が作った「マーニンネーラン」という歌がある。沖縄方言で「どこにもない」という意味だ。著者とこの歌の出会いが、本書のタイトルにつながったという。
沖縄県の放送史をたどり、放送を通して沖縄の戦後史を見つめた本である。まず、沖縄のラジオ放送事始めと初期のテレビ放送の話。一九六〇年代、沖縄では民放で「紅白歌合戦」がCM付きで放送されていたという。まさに、本土のどこにもない(マーニンネーラン)放送だ。
一九七二年の本土復帰後は沖縄社会の本土化が進み、本土風の番組が増えた。だが、やがて自分たちの沖縄文化を深刻ぶらず軽やかに肯定する若者たちが出てくる。共通語に沖縄方言が混じる若者言葉でホンネを語るラジオ番組。沖縄人の本土への劣等感を笑い飛ばすテレビ番組。ボクシングの具志堅用高が、沖縄の人々にとって大きな希望の星だったこともよくわかる。
さらに、一九九五年の米兵による少女暴行事件以降、沖縄の各局が一層力を注いだ米軍基地や戦争関連のドキュメンタリー番組と、制作者たちの切実な思いが綴(つづ)られる。だが、それらの番組の前に、本土の無関心という高い壁が立ちはだかった。沖縄の現実をストレートに描いても、なかなか見てもらえないのだ。
最終章では、番組を見てもらうためのさまざまな工夫が紹介されている。新鮮な視点と表現を探す試みは、もちろん大切だ。しかし、ここで疑問が浮かぶ。視聴者は、難しい問題をメディアが噛(か)み砕いてのみ込みやすく伝えてくれるのが当然と思い、それに甘えていないか。その態度が、どうせ視聴者は軽く柔らかい情報しか受けつけないと、制作側が視聴者を甘く見るような事態を招きはしないか。
強いられた困難な状況の中で、沖縄を悲しみ、沖縄を笑いながら、沖縄人の矜持(きょうじ)を守ろうとした放送人の奮闘を、本書はよく伝えてくれる。一方、番組は視聴者がいて初めて成立する。読後、視聴者の質もまた問われているのだと考えさせられた。
(かもがわ出版・1760円)
1966年生まれ。NHK沖縄放送局チーフディレクター、作家。90年入局。
◆もう1冊
照屋林助著、北中正和編『てるりん自伝』(みすず書房)。沖縄芸能界の巨人が語った沖縄の文化と戦後史。