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- 本多静六 若者よ、人生に投資せよ
- 価格:2,200円(税込)
伝説の億万長者にして東大教授、そして明治神宮の森や日比谷公園を造った「日本の公園の父」・本多静六の生涯を描いた渾身の評伝『本多静六 若者よ、人生に投資せよ』。
江戸末期に現在の埼玉県久喜市に生まれ、貧苦のなかでの刻苦勉励の幼年時代から、ドイツ留学を経て現在の東大の教授となり、全国の造林事業や公園の設計に携わる一方、独特の人生計画や蓄財術により、今も投資家から“蓄財の神様”と呼ばれる人物の生きざまに迫る一冊です。
今回は試し読みとして第三章「飛躍のドイツ留学」から「人生計画と四分の一天引き貯金」を公開します。
人生計画と四分の一天引き貯金
静六が晩年まで繰り返し口にしたのが“良き人生は良き人生計画に始まる”という言葉であった。
中でも、役所や企業で雇われているいわゆるサラリーマンに対し、
〈この方面に就職する人々には、ただ漫然と入って、漫然とその日--ついには一生―を過ごしてしまいやすい危険がある。人生計画はこれらの人々にとって、とくに必要欠くべからざるものとなってくる〉(『人生計画の立て方』)
と警鐘を鳴らしている。
彼は帝国大学の助教授になった二五歳の時、最初の人生計画を立てた。
一、 満四〇歳までの一五年間は、一途に奮闘努力、勤倹貯蓄、もって一身一家の独立安定の基礎を築くこと。
二、 満満四〇歳より満六〇歳までの二〇年間は、専門(大学教授)の職務を通じてもっぱら学問のため、国家社会のために働き抜くこと。
三、 満満六〇歳以上の一〇年間は、国恩、世恩に報いるため、一切の名利を超越し、勤行布施のお礼奉公につとめること。
四、 満幸い七〇歳以上に生き延びることができたら、居を山紫水明の温泉郷に卜(ぼく)し、晴耕雨読の晩年を楽しむこと。
人生計画の冒頭に“満四〇歳までの一五年間は、一途に奮闘努力、勤倹貯蓄、もって一身一家の独立安定の基礎を築くこと”を掲げたのには意味がある。
思えば静六は幼い頃からずっと貧困の中にあった。養子に入って一瞬大名暮らしを経験したが、留学の半ばからは再び爪に火をともす生活に逆戻りを強いられ、帰国後、あの豊かな暮らしは雲散霧消していた。
貧乏で苦労するのはもうこりごりだ。
(貧乏を克服するには、貧乏をこちらからやっつけねば!)
そう考えた彼が“貧乏退治”のために編み出した秘策が“四分の一天引き貯金”であった。
月給などの通常収入は天引きで四分の一を貯金し、ボーナスや原稿料や講演料、旅費の残りなどの臨時収入は全額を貯金する。利子は通常収入と見なし、原則通りその四分の三は生活費に充当できるというのが基本ルールだ。
何も自分の発明ではないと彼は言う。松平定信や二宮尊徳や安田善次郎など、早くから天引き貯金の効用を説いた先達もいる。だが彼の場合、何より不二道の影響があった。おそらく静六にとって四分の一天引き貯金は、一つの“行”だったに違いないのだ。
ところで、なぜ四分の一だったのだろう。
ここからは筆者の推測だが、この当時、勤倹貯蓄で最も有名だったのが、銀行王・安田善次郎だった。“ケチの安田”と陰口をたたかれたほどの倹約家である。
家出同然で富山から江戸に出てきて商家に奉公し、独立して最初は乾物商の安田屋を開店。こつこつと貯めた金を元手に両替の世界に進出すると抜群の商才を発揮して財をなし、第三国立銀行や安田銀行(現在のみずほ銀行)を設立。ついには三井、三菱に匹敵する大資産家となった立志伝中の人物だ。
静六も当然意識しており、大変尊敬していた。二人の不思議な縁については後に触れる。
その安田は安田屋を開いた際、生活費は収入の一〇分の八以内にとどめ、残りは貯蓄するという誓いを立てた。“五分の一天引き貯金”と言ってもいいだろう。
静六は、勤倹貯蓄で有名な安田のさらに上を行ってやろうとしたのではあるまいか。
彼は四分の一天引き貯金を帰国後すぐ、二五歳の時から実行し始めたのだが、当時の彼の収入について見ておこう。
まず年俸は八〇〇円である。小学校教員の初任給が八円弱という時代だから、現在価値にして二〇〇〇万円ほどになる。
そのうち製艦費として一割を差し引かれた。製艦費とは、静六が帰国した翌年の明治二六年(一八九三)から、文武の官僚の給与より一割が天引きされるようになった帝国艦隊建設のための税金である。皇室も内廷費を削減し、その一部を充当するとした。富国強兵に向けて国家のリーダーが範を見せたわけだ。
日清戦争はその翌年に勃発する。
製艦費が引かれて手取りが七二〇円、月にして六〇円である。その中からさらに恩給基金(今の年金)等の控除があって月給は五八円ほどになる。現在価値にして一四五万円強といったところだろう。
つまり静六の最初の四分の一天引き貯金は月に一四円五〇銭、現在価値にして三六万円ほどだったということだ。
これだけあれば親子三人の生活には十分なはずなのだが、養父母の面倒まで見ることとなったためにぎりぎりの生活を強いられた。おまけにこの頃、銓子のおなかには美祢子が宿っていた。
この頃の貯金事情を考える上で忘れてならないのが当時の銀行金利の高さである。
六ヵ月定期預金の金利は金融機関によって多少ばらつきはあるものの、明治二五年(一八九二)で四・四%前後、明治三〇年(一八九七)で約五・九%前後、明治三五年(一九〇二)で約六・九%前後だった(『値段の風俗史 下』週刊朝日編)。
今とは比較にならない高金利だ。
だが昭和五五年(一九八〇)の六ヵ月定期預金の金利が七・二五%だったことを考えると、過去を振り返って、今の低金利のほうが異常だとも言える。
金利の四分の三は生活費に回すとはいえ、これだけの金利があると複利で運用すると資産が雪だるま式に増えていく。つまり当時は貯金と呼んでいたが、今で言う投資信託並みの利回りだったというわけだ。
実は静六が『人生計画の立て方』を書いたのは最晩年であり、刊行は彼の死後になっている。そのため、静六が四分の一天引き貯金を実行できたのは環境が違うという、今の我々が口にしがちな声も多く寄せられていたようだ。
だが、こうした声に対し、静六は決然とこう言い放っている。
〈やり方によってはいかに少額の俸給でも、貯金をやろうと決心しさえすれば必ずできるはずで、もしできないという人があるなら、それはその人の努力が足りないからであるといえる〉(『人生計画の立て方』)
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