『カヨと私』
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<書評>『カヨと私』内澤旬子 著
[レビュアー] 服部文祥(登山家・作家)
◆いとしいヤギとの奮闘記
瀬戸内海小豆島に移住したイラストレーターでライターの中年女性の家に子ヤギのカヨがやってくる。いかなる経緯かは語られない。ただ庭の除草のためという。
ときに人間以上に深い洞察や感情をうかがわせる動物がいる。犬や馬であれば名犬名馬、猫なら当たり猫などとも言われるが、どうやらカヨは「当たりヤギ」らしい。プライドが高くさみしがり屋のカヨは、均整のとれた肉体と美しい毛並みで見るものを惹(ひ)きつける。著者はカヨに魅せられ、カヨもゆっくりと心をひらいていく。
動物と深くかかわるとは、その動物と人間との境界線が曖昧になることである。
かつて北米の先住民は、人間は動物になれたし動物も人間になれたと歌った。いまでも人は、動物を人間として、そして時には自分を動物にして世界を見てしまう。すると人間の特質だと思っていたものが動物に隠れていることがわかる。
世界の食肉処理事情を紹介したイラストルポルタージュがロングセラーとなり、以降、乳がんの罹患(りかん)と治療、ブタ三頭との暮らし、都会を捨てるような離島への移住、さらにはその離島でのストーカー被害を、著者はこれまで記してきた。体当たり的な体験や身に降りかかるアクシデントに翻弄(ほんろう)される姿が軽妙に報告されていたが、本書の前半にそのイメージはない。人間以外の生命に救いを求める危うさが漂っているのは、著者がストーカー被害を受けていた時期と重なっているからだろう。
中盤から後半は、カヨの秘められた野性が噴出し、繁殖活動が始まって、いつものにぎやかな突撃体験レポートも加わってくる。子ヤギだけではなく、ニワトリたちもやってきて、いのちの総量は増し、離別そして死別も避けられない。
愛と奮闘の生活を一気読み。笑いあり涙ありの膨大な時間を追体験することはかなわないが、読書には、成長を知ってから出会いを振り返る別の楽しみがある。私もいつかヤギを家族に加えることにした。
(本の雑誌社・2200円)
1967年生まれ。文筆家・イラストレーター。著書『漂うままに島に着き』など。
◆もう1冊
内澤旬子著『飼い喰い 三匹の豚とわたし』(角川文庫)