『住宅開発秘史』
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<書評>『昭和の東京郊外 住宅開発秘史』三浦展(あつし)著
◆不動産の資産化 誇大に表現
そろそろマイホームを購入しようか……。
そう考え始めてかれこれ三十年になる。いまだ購入に至らないのは資金不足もあるのだが、不動産広告を見たり、現地を視察したりすると購入意欲がたちまち減退する。なぜなのか、とかねがね疑問を抱いていたのだが、本書を読んで謎が解けたような気がした。
長年、東京郊外の研究を続けてきた著者が、このたび取り上げたのは昭和三十年代に開発された神奈川県や埼玉県などの小規模な分譲地。当時の不動産チラシを参照しながら、開発業者をたずねたり、現在の状況を歩いて検証していく。時代を超えた物件探しルポルタージュなのだ。
まず驚かされたのはチラシの文言。「駅〇分」と書かれているが、駅近くにあるのは案内所であって、そこから二十キロメートルも離れたところに物件があったりする。土地の名前も「松濤(しょうとう)台」「富士見苑」「五島(ごとう)遊園台」「大美庭園」などと勝手にネーミング。「最高級住宅地」や「御屋敷街の真只中の発展地」などが「驚くなかれ市価の半額」で、今購入すれば抽選で「五十坪の土地進呈」という特典がついていたり、「地主直売」で、有名俳優の森繁久彌が推薦していたりする。まるで通販番組のような誇大広告だが、どれも誇大なので、慣れると熱意にほだされるような気もするのだ。
当時は「土地は無二の財産!!」「土地ブーム時代!」などと不動産の資産化が喧伝(けんでん)された時代。これらの宅地販売が東京郊外のスプロール化(無秩序、無計画に広がる様)を招いたそうだが、その一方で人々が狭いながらも土地と家を所有することで「共産主義者にはならない」(アメリカの分譲住宅王ウィリアム・レヴィット)、ひいては戦争抑止、世界平和につながるという考え方もあったらしい。
人々の物欲が地層のように折り重なる東京郊外。その成り立ちを知って私は満足した。物件を買わずとも堪能した気分になるわけで、だから私はマイホームを持てないのかもしれない。
(光文社新書・1056円)
1958年生まれ。カルチャースタディーズ研究所主宰。『東京は郊外から消えていく!』など。
◆もう1冊
柳瀬博一著『国道16号線 「日本」を創った道』(新潮社)