<書評>『レッドクローバー』まさきとしか 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

レッドクローバー = redclover

『レッドクローバー = redclover』

著者
まさき, としか
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344039964
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『レッドクローバー』まさきとしか 著

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

◆憎悪の輪廻 物語貫く戦慄

 本書は、今年刊行された国産ミステリの中で最良なものの一つであると断言出来る。

 物語は東京のバーベキュー場で起こったヒ素による大量殺傷事件と十二年前、北海道の灰戸町でのやはりヒ素による一家殺害事件−ただしこちらは長女のみが生き残っており、彼女が容疑者とされた事がある−のつながりを追う雑誌記者勝木の姿を描いたものである。

 しかし作品は、過去と現在を自在に往還し、かつ、多視点にわたる凝ったもので、ぐいぐい読者を作中に引きずり込んで離さない。

 勝木は、十二年前、新聞記者として北海道支社に在籍しており、灰戸町の事件を取材した経験をもつ。前述の生存者が赤井三葉(みつば)であったため、この惨劇は“レッドクローバー事件”として喧伝(けんでん)された事がある。勝木は三葉が、家族が毒殺された居間で寛(くつろ)ぎ、カップラーメンをすすっていた光景を遠くから見た事があり、その時、言いようのない戦慄(せんりつ)を覚えた事を記憶している。この場面は、長く本篇を統率するそれとして読者の記憶にも残る事となる。

 二つの事件の類似性は、かなりの偶然の集積に支えられている面もあり、口喧(やかま)しいミステリファンは文句を言うかもしれない。が、それにも増して本書は様々(さまざま)なテーマ、殺されるくらいだったら殺した方がいい、子が親を殺す時は、親が先に子の心を殺している等々、憎悪の輪廻(りんね)によって動いている社会の諸層が剔抉(てっけつ)され、敢(あ)えて誤解を恐れずに言うならば物語はミステリではなく優れた現代文学の一冊として成就させるのではないかと思われた。

 が、それも一転、物語はラスト近くに到(いた)ってミステリとしての禍々(まがまが)しい顔を露(あら)わにして読者に襲いかかってくるではないか。その息をのむ展開に読者は驚きをこえて、もはや陶然(とうぜん)とする事になるだろう。全篇に張りめぐらされた伏線の見事さは言うまでもなく、ラスト一ページで、本書は作中を貫く戦慄が深い哀(かな)しみへと転じるのを知るだろう。

 最後の最後まで作者の手の内で踊らされる快感が嬉(うれ)しい一巻である。

(幻冬舎・1980円)

1965年生まれ。作家。著書『完璧な母親』『祝福の子供』など多数。

◆もう1冊

まさきとしか著『あの日、君は何をした』(小学館文庫)。無関係に見える2つの事件をめぐるミステリー。

中日新聞 東京新聞
2022年11月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク