「すごく心細いし、すごくすごく寂しいです」今、大注目のミステリー作家・芦沢央が、山本文緒さんに送った最後の手紙【山本文緒さん追悼】
エッセイ・コラム

山本文緒さん
膵臓がんを患い、闘病生活を経て、2021年10月に惜しまれながらこの世を去った作家の山本文緒さん。2022年10月には134日間に及んだ闘病日記が『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』と題されて書籍化され、改めて故人を偲ぶ声が寄せられている。
本記事では、文緒さんが選考委員を務めていた文学賞に応募し、作家としてデビューした芦沢央さんが、文芸誌「小説新潮」(2021年12月号)に寄せた追悼文をお届けします。
遠くにいるお母さんに状況報告をする子供のように手紙を書いていた芦沢さんが、文緒さんに送る最後の手紙です。
芦沢央・追悼エッセイ「山本先生への手紙」
山本文緒先生。大変お世話になっております。冷え込む日が増えてきましたが、お変わりありませんでしょうか。
―私はいつも、山本先生へのお手紙をそんな書き出しで始めていました。
新刊の見本が出来たとき、生まれたばかりの我が子をわくわくドキドキ抱き上げて、素敵な本にしてもらえてよかったね、と心の中で語りかけながら、同時に、遠くにいるお母さんに近況を報告する子どものような気持ちで、山本先生にお手紙を書いてきました。
先生が亡くなられたということをニュースで知ったとき、私は共通の担当編集者に電話して泣き出してしまいました。実感はまったく湧かず、何をどう考えたらいいのかもわからないのに、とにかく先生にお送りしようと思って書いてあったお手紙をお送りしそびれてしまったのがショックで、パニックになってしまったのです。
先生の最新刊の『ばにらさま』、本当にものすごかったです。ざわざわしながら読み進め、ふいに突きつけられる、みぞおちを深く刺されるような一文に動けなくなりました。ひっ、と声を上げたいのに声が出ない。出せないから動揺が身体の中で渦巻き続ける。蓋をしてきた後ろめたさや羞恥ややるせなさが引きずり出されてしまう……一行目から最後の一行まで表現が研ぎ澄まされていて、何度も息を詰め、目を泳がせて、歯を食いしばりながら読み続けました。物語が怖くて誰かに救いを求めたいのに、その物語にすがるようにして読み進めてしまう、そんな恐ろしいほどに凄みのある本でした。
先生に感想をお伝えしたくて、でも言葉がなかなか見つからなくて、何度も何度も文面を読み返しているうちに結局その手紙をお送りできなかったことを後悔している私を見て、電話で話した担当さんがこうした機会をくれたのだと思い、この場を借りて先生へのお手紙を書かせてもらうことにしました。
そもそも私が第三回「野性時代フロンティア文学賞」に応募したのは、山本先生が選考委員をされているからでした。その山本先生が推してくださって受賞が決まったと聞き、すぐにでもお会いして御礼を申し上げたいと思ったものの、当時は授賞式がなく、結局お目にかかれたのはデビューして六年経った二〇一八年のことでした。
私と同じように、山本先生が選考委員をされていた第九回「女による女のためのR‐18文学賞」からデビューした彩瀬まるさんがセッティングしてくれて、「やっとお母さんに会えた!」とはしゃぐ私に、先生も「やっと会えた~」と腕を伸ばしてくださって、どんなに嬉しかったかわかりません。先生を真ん中に、両隣にまるさんと私が座って写真を撮り、「家族写真だ!」とこれまた大はしゃぎしている私を、先生はニコニコと見守ってくださいました。
そして先生は、大先輩だということを一瞬忘れてしまいそうになるくらい気さくに、いろいろなお話をしてくださいました。編集者との関係、直木賞を受賞された後のこと、作品の映像化について、仕事の進め方……ずーっと笑顔で、飾らない言葉で、長い人生の中で書き続け、発表し続けていくということの意味を教えてくださったように思います。
私が「いただいたチャンスを生かせるよう頑張ります」としゃちこばっていると、「芦沢さんはずっと頑張りすぎるくらい頑張っていますよ。美味しいものを食べて、睡眠時間を削りすぎないように、遊びの時間も確保して楽しんで書いていってくださいね」とお言葉をかけてくださった山本先生。
お忙しい中でも私の新刊を読んで温かいお言葉をかけてくださり、いつも見守っていただいているのを感じていました。いい一文が書けると、どんなふうに読んでくださるかな、とウズウズし、手癖で書いてしまったことに気づいて直すときには、こんなものを読んでいただくわけにはいかない、と気を引き締めてきました。
-
- 無人島のふたり
- 価格:1,650円(税込)
何より先生の新刊で、小説ってこんなに滑らかに、鋭く、豊かに人の心を揺さぶることができるんだ! と扉を開かれ、書き手としても読み手としても救われてきました。
今、次の本の執筆を進めながら、この本は先生に読んでもらえないのだと、たびたび手を止めています。先生の小説を読み返しながら、もう先生の新刊は読めないのだと呆然としています。
すごく心細いし、すごくすごく寂しいです。
だけど、先生に教えていただいたこと、そして先生が作品で見せてくださった小説の可能性は、先生に生み出してもらったたくさんの子どもの一人として、これからも書き続けていく指針だと思っています。
山本文緒先生、本当に本当にありがとうございました。またいつか先生にご報告できる日まで、楽しんで書いていきます。
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