もう二度と会うことはない……山本文緒と「また会おうね」と号泣し合った担当編集者が綴った伴走の日々【山本文緒さん追悼】

エッセイ

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山本文緒さん

 膵臓がんを患い、闘病生活を経て、2021年10月に惜しまれながらこの世を去った作家の山本文緒さん。2022年10月には134日間に及んだ闘病日記が『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』と題されて書籍化され、改めて故人を偲ぶ声が寄せられている。

 本記事では、文緒さんの担当編集者だった郡司珠子さんが、文芸誌「小説新潮」(2021年12月号)に寄せた追悼文をお届けします。

 吉川英治文学新人賞受賞作の『恋愛中毒』をはじめとする多くの作品を担当したKADOKAWAの編集者が明かす、執筆秘話とは?

郡司珠子・追悼エッセイ「終の棲家で、静かな夜を越えて」

 ありがとよ、ぐんたまのおかげで家が建ったよ。

 別れ際、目が合うと文緒さんはにやりと笑った。あらやだ、と片手で冗談めかそうとした文緒さんの顔が、不意に崩れた。

 ついさっきまで夫の王子と二人、文緒さんはソファに腰かけお茶を飲んでいた。まだ目の前に立っている。語るべき思い出はいくらでもある。病の苦しみを分かち合いたかった。なのに二十年の来し方を何一つ話すこともできず、自分はこのまま文緒さんの家を辞すのだろうか。その絶望的なニュアンスを敏感な文緒さんが受け取らないはずがなかった。

 差し出された小さな手を握った瞬間、お互いにはっきりとわかった。もう二度と、会うことはないのだと。

 別れの瞬間まで泣かなかった私たちは、玄関先でまた会おうねと繰り返しながら号泣した。痛みが突き上げ、頭が破砕されたかと思った。

 きっぱりとした方だった、と思う。

 出逢ったころの文緒さんは、お酒を飲み煙草を吸い夜遊びもし、甘いものは苦手で自身の好き嫌いをはっきり口にする方だった。ふてくされた女子の悪辣さを小気味よく描いた『プラナリア』が書籍になる直前で、周囲は賑やかで常に華やいでいた。

 しかし「こめかみの血管が破裂しそうなほど欲しかった」という直木賞を受賞したのち、「症状が出ると自分のことしか考えられなくなる」状態に陥り、六年にわたる鬱を闘病した。

『再婚生活 私のうつ闘病日記』は、再婚生活について書くはずだった日記連載が、図らずも闘病記となってしまった日記エッセイだ。きっぱりとしていたはずの文緒さんは、大丈夫だったり大丈夫じゃなかったり忙しく、日記の中ではぐるぐるしてばかりいた。

 連載が書籍になる過程で全快した文緒さんは、暮らし向きを大きく変えた。静かな夜を大切に大切に過ごす、そんな日々だったのではないかと思う。そうした中で、小説にはこれまで触れたことのない種類の深いやさしさが宿るようになった。

 闘病後に書かれた短編「ソリチュード」には、俺の駄目さはビタ一文治らないと自覚した主人公が登場する。読めば納得の駄目さなのに、この主人公には好きにならずにはいられない魅力がある。以降、税金や社会保険料の支払いも滞り、人としてのまっとうさに事欠き、約束を破り、働き続けることができず、常にやるせなさを抱え、言い訳ばかりして決断力に欠ける、そんな大人を描くようになり、その弱さが強烈な愛おしさを生んでいった。

 初めての文芸誌での長篇連載となった『なぎさ』では、闘病時とは異なるうじうじを抱え込み、文緒さんはずいぶん焦れていたと思う。長いブランクの後に『恋愛中毒』以来の長篇を書くには、ゆっくり書き進むことでは乗り切れない局面があったはずだ。そのころはもうお酒を口にしなくなっていた文緒さんと、紅茶とケーキで何度もそのことを話し合った。連載には、微妙に休載が挟まっている。

 のちにこの小説を読んだ誰もが口にすることになる、「同じ悩みにそろそろ飽きろ」という一文については、「ぽろっと出てきた台詞」だが、まさに自分も同じ気分で、でもなかなか、うまく「飽きる」ことができないと漏らしていた。

 書き終えられない不安の中で執筆された作品が、どれほど人の奥底まで届いたかは、カバーを手掛けた装幀家の言葉に集約されている。

 どうしても舞台となる久里浜に行ってあのフェリーに乗りたいと思った。すごく大事なものを読んだ。何度でも同じ間違いを犯し続ける人への、やさしさ。大海からなぎさに打ち寄せられた人々が、苦難や圧力から抜け出して風穴を開ける。その感じが贅沢で前向きで、希望と開放感がある。素晴らしい、本当に素晴らしい。

 当人の悩みや心情が織り込まれているにもかかわらず、文緒さんの登場人物は全員完璧に小説世界に独立し、書き手の存在を感じさせることがなかった。それどころかむしろ読み手の側が、自分を否応なしに意識させられるのである。いい歳になっても大人になりきれない私たちの、みっともなさや見栄やずるさや情けなさ自責寄る辺なさ。甘くはない現実にいたぶられる登場人物たちに、私たち自身の弱さと罪が赦されている、と感じるのはなぜなのだろう。

 作家自身は外国からの質問に答え、このような返事を書いている。「読んで下さった方の気持ちを癒そうという意図は特にないです。小説を書くことが自己治癒だと自覚的に思ったことはありませんが、曖昧だった感情に輪郭を持たせるという意味ではすっきりする行為だと思います。物書きであることの意味はとても一言ではいえません。」

 文緒さんの書いたもののなかには、今の私たちを代弁する言葉が既に存在する。

 ―もうこのままでいさせてください。神様。これ以上なにも与えたりとりあげたりしないでください。

 同じ悩みを悩み続けた文緒さんは、ぐるぐる自転しながら公転し、そしてきっぱりと、逝った。

新潮社 小説新潮
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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