夢を見ることが許されていない少女たちの理不尽なサバイバルゲーム

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夢を見ることが許されていない少女たちの理不尽なサバイバルゲーム

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 女性の存在や女性特有のある期間を「穢れ」とする考え方は、世界中にある。救命のために大相撲の土俵に駆けあがった女性たちに「降りて下さい」とアナウンスしたケースなども記憶に新しい。

 ポスト・ディストピア小説と銘打たれた『グレイス・イヤー』は、少女たちの理不尽な通過儀礼を描いた物語だ。アトウッドの『侍女の物語』のような極端な男女差別機構があり、ゴールディングの『蠅の王』と『ハンガー・ゲーム』を合わせたようなサバイバルが繰り広げられる。

 家父長制社会のつづくガーナー郡では、女が夢を見ることは最たる罪だ。少女たちは十六歳になると、「グレイス・イヤー」と称して僻地の湖の孤島に一年間、追いやられる。彼女たちは、大人の男を誘惑したり、若い男の子の理性を失わせたり、妻たちを嫉妬に狂わせたりするという邪悪な魔力を持っているので、これを大自然に解き放ちに行くのだ。

 グレイス・イヤーの前には、集団求婚式のようなものが行われ、主人公ティアニーは親友のマイケルから求婚を受ける。彼女は結婚せず、「野良」仕事に従事するつもりでいたし、マイケルとは長年友人として付き合ってきたので意外なことだった。

 少女たちはグレイス・イヤーのキャンプに送りだされるが、辺りには「密猟者」たちが狙っている。男性の強壮剤や女性の若返りの薬として、若い娘の肉片は高く売れるらしいのだ。キャンプにつけば、権力欲の強い少女キルステンが邪魔に思うティアニーや異分子たちを迫害する。ティアニーは森を追われ、密猟者に捕まってしまうが……。

 少女たちの魔力とは、彼女たちを殺す呪いの正体とはなにか? それはこの世の偏見や差別と分かちがたく結びついている。女性の痛みと叫びを社会はどのように封印してきたのかが書かれた一冊。ティアニーの夢の謎が解かれるラストで熱いものが胸にこみあげた。

新潮社 週刊新潮
2022年12月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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