『あなたに似た人 1』
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ライターで10回火をつけられるか 簡単な賭けの行方
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
ロアルド・ダールの『あなたに似た人』の邦訳が刊行されたのは1957年。半世紀をこえて読み継がれ、2013年に田口俊樹による新訳版が出た。
名短篇集として知られるこの本には、賭け事を描いた作品が複数ある。ワインの銘柄を当てる賭けに娘を差し出す株式仲買人、ブリッジでいかさまをする夫婦……。その中で、読者をもっともゾッとさせるのが「南から来た男」だ。
リゾート地のホテルのプールサイドにやってきた年配の男。白いスーツを一分の隙なく着こなしたその男は、煙草を勧めてきた若者に賭けを持ちかける。若者が持っているライターで10回続けて火をつけることができれば、自分のキャディラックをやるというのだ。
ただし、一度でも点火に失敗したら、そのときは若者の左手の小指をもらうという。常軌を逸した提案に若者は逡巡するが、結局はこの賭けに乗る。
年配の男はホテルの部屋へ若者をつれていく。そして彼の左手をテーブルに固定し、右手でライターの火をつけるように言う。失敗したらすぐに切り落とせるよう、指の上に肉切り包丁を構えた状態で。
1回、2回、3回――。8回目に点火したとき、突然部屋のドアが開き、一人の女性が入ってくる。彼女によって賭けは中断され、読者も胸をなでおろすが、それもつかのま、最後の1行で、ぎょっとする事実があらわになる。短篇の名手による、おそろしく巧みな小説だ。