<書評>『お金に頼らず生きたい君へ 廃村「自力」生活記』服部文祥 著

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お金に頼らず 生きたい君へ

『お金に頼らず 生きたい君へ』

著者
服部 文祥 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784309617459
発売日
2022/10/27
価格
1,562円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『お金に頼らず生きたい君へ 廃村「自力」生活記』服部文祥 著

[レビュアー] 織田淳太郎(ノンフィクション作家)

◆人間本来のテンポ回復

 約五百万年前、人はヒトになってから、その99・99%以上を自然環境下で暮らしてきたという。森林浴研究で知られる宮崎良文氏は、現代人が森林を心地良く思うのも、自然対応用の生理機能を遺伝子的に受け継いできたからではないかと説く。「一頭のホモ・サピエンス」を自認する著者はその遺伝子を最もダイレクトに保持する一人なのだろう。

 食料や燃料を持たない「サバイバル登山」において、「代謝や呼吸、血液の循環は、お金を払って人任せにすることはできないのだ」と思い知らされた。そこから「生きていくことを楽しむ」とは「循環と代謝を楽しむ」と同意語であるとの結論に達し、標高一〇〇〇メートルの廃村に移り棲(す)む。朽ちかけた明治期築の古民家を廃材で修復すると、「正負の入り交じった感情」で食料用のケモノを猟銃で殺し、苦心惨憺(くしんさんたん)の末に山水を生活圏に引く。著者は生態系から遠のくばかりの都市文明に背を向け、原初の生態系へと近づくべく奮闘するが、こうした「自力」生活のなかで、「お金にも文明にも頼らない生活は、地球の生命体として真(ま)っ当である」という感覚を強めていく。

 だが自然対応用の生理機能に強く惹(ひ)かれるのは著者だけでない。最近では「仕事より生活を大事にしたい」と、多くの人が生活の拠点を田舎に移すようになった。「ウンコもお金を払って処理してもらっている」経済優先主義に辟易(へきえき)する一方で、情報過多の監視社会から「解放されたい」という人びとの抑圧的な欲求が、新型コロナの蔓延(まんえん)を機に一気に噴き出したのではないか。

 実は私も、六年前に野生動物の跋扈(ばっこ)する深山に半ば棲みついた。著者のように鹿を撃ち、自作農に励み、煮炊き用に薪を拾い集めているわけではない。しかし、共通項は多い。「効率を求めるあまり、効率がいつの間にか生きる喜びを追い越している」ことへの不快感。「生命本来の速度や効率が、人間が本来生きるテンポだった」ことへの共感…。ソローが言ったように、「まだ春なのに、急いで夏にしなくていい」のだと思う。

(河出書房新社・1562円)

1969年生まれ。登山家、作家。著書『サバイバル登山家』『狩猟サバイバル』など。

◆もう1冊

H・D・ソロー著『孤独の愉(たの)しみ方』(イースト・プレス)。服部千佳子訳。自然と孤独を愛したソローによる、人間らしく生きるための言葉集。

中日新聞 東京新聞
2022年12月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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