反ワクチン、Qアノン、守護霊……異常な世界に引きずり込まれるキッカケとは? 『デマ・陰謀論・カルト スマホ教という宗教』試し読み

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安倍元首相の事件を機に、旧統一教会への注目が高まっている。当人たちは嫌うだろうが、「カルト」とされる存在の脅威を改めて感じた方も多いことだろう。
ただ、こうした従来型のカルトとは別に、我々の身近には新たな脅威が生まれているのだという。
ネット上での論争に詳しい文筆家の物江潤氏は、スマホなどSNSを媒介として広まるカルト的な教えを「スマホ教」と命名し、警鐘を鳴らしている。

物江氏の新著『デマ・陰謀論・カルト スマホ教という宗教』は、現代人の必需品「スマホ」の普及とともに増え続ける、SNS上でトンデモ思想を発信する人々に正体に迫った1冊。同著の「はじめに」から一部を公開する。

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ネットが人を殺すとき

 ネットが、人を殺人へと駆り立てる。
 安倍晋三元首相が凶弾に倒れた今、そんなことを想起せずにはいられません。
 武器となった拳銃の材料や製造法、標的となった安倍元首相のスケジュールは、ネットを通じて入手したうえに、容疑者を凶行に向かわせた歪な世界観の形成にもまた、ネットが手を貸してしまったのです。旧統一教会に家庭を壊され復讐を誓った山上徹也容疑者は、教団のフロント組織(隠れ蓑)の集会に寄せられた、安倍元首相によるビデオメッセージをネット上で視聴したころ、殺害を決意したと供述しています。これから本書で記していくように、ネットの危険な性質が容疑者に与えた影響は計り知れません。
 また、容疑者は岸信介元首相が教団を日本に招いたという認識の下、岸の孫である安倍元首相も教団を支援していると考え殺意を抱いたようです。が、当初の標的であった教団幹部を狙うのが困難だったとはいえ、そこから安倍元首相に殺意が向けられたという話には論理の飛躍が見られます。二〇二二年七月現在、同様の疑問を呈する有識者・元信者は多く、謎は深まるばかりです。
 一方、こうした突飛で不可解な話は、ネット上ではよくあることです。そう遠くない未来、ネットが凶悪事件の引き金を引いてしまうケースが増えるように思えてなりません。現に、ネット上で支離滅裂な世界観を形成した反ワクチン団体のメンバーが、ワクチンの接種会場やクリニックに押しかけ逮捕されるという事件が生じています。諸外国でも、ネット等を通じ過激な思想を有した結果、単独でテロ事件を起こすに至るローンウルフという存在が問題視されています。武器や標的の情報だけでなく、人に殺意を与える思想・世界観までもが、ネットによってもたらされる時代に日本も突入したのです。

闇の政府、ゴム人間、人口削減ワクチン

 そんなネットの世界は、ここ数年でますます混沌としてきました。新型コロナ禍にて、ついついスマホを手に取る時間が増えがちな今日、言いようのない奇妙な違和感を覚えている方もいらっしゃるでしょう。
 コロナワクチンは人口削減計画のために作られた。国会議員や芸能人はゴムのマスクをかぶったゴム人間ばかり。トランプ大統領率いる光の銀河連合が闇の政府と戦っている。ロシアとウクライナは戦争なんてしていない……。こんな理解不能な言葉を喚き散らす人々が、いつの間にかネット空間に増えているのです。ツイッターで「ワクチン 人口削減」とか「ゴム人間 政治家」と検索してみれば、もはや病的としか言いようのない奇天烈なつぶやきをする人々が次から次へと見つかります。そうかと思えば、「命をかけて新時代の地球のために戦いましょう!」「光の戦士たちとともに立ち上がろう!」といった、まるでドラゴンクエストに異世界転生したような人々もそこかしこで発見できます。私たち人類は、どうかしてしまったのでしょうか。ツイッターで色々と検索をすればするほど、なんだか不安になってきます。
 一方、誰でもネットにアクセスできるようになった結果、病的な人たちが可視化されただけなので心配無用という意見もあるかと思います。実際、スマホ普及率の急激な上昇には目を見張るものがあります。
 NTTドコモモバイル社会研究所が実施した『2022年一般向けモバイル動向調査』によると、二〇一〇年には四・四パーセントに過ぎなかったスマホ普及率は、二〇一五年には五一・一%となり、そして二〇二二年には九四・〇%にまで達しました。また、『情報通信白書令和三年版』によれば、十代から六十代が平日にインターネットを使う時間の平均値は、調査を開始してからはじめてテレビの視聴時間を超えています。要するに、今やあらゆる人がスマホを使いネットにアクセスする時代なので、それだけ変な人たちが目につくようになったというわけです。
 しかし、そんなふうにはどうしても思えません。偏狭な世界観に染まった人々とのネット上での対話はもちろんのこと、リアルな世界における彼らとその家族・友人の声を聞き、そして彼らを知るうえで必要不可欠なカルト宗教・スピリチュアル(精神世界)・オルグ(宣伝・勧誘活動)等について理解を深めれば深めるほど、彼らは異常な人ではないと考えざるを得なくなったのです。彼らが有する世界観は異常ですが、彼ら自身は正常だということです。言い換えれば、ごくありふれた普通の人が、ちょっとしたキッカケや偶然により異常な世界観を有してしまうわけです。

「芸能人の自殺」もきっかけに

 そう、この現象は決して他人事ではありません。私たち一人ひとりの問題なのです。
 たとえば、ついついSNSにアクセスしてしまう占いに関心のある女性。占い好きでネットに頻繁にアクセスするならば、ネットに蔓延る特異なスピリチュアルに魅入られる可能性が高くなります。そしてそのスピリチュアルは、ネット上の偏狭な世界の入り口の一つになっているのです。
 新型コロナ禍で相次いだ芸能人の自殺に違和感を覚え、その真相を探るべくスマホを手に取れば、たちまち奇矯な世界に足を踏み入れること請け合いです。きっと、奇々怪々な推理の数々を目の当たりにすることでしょう。「〇〇 自殺 理由」といった不穏なワードで検索し、夢中でスマホをいじった経験がある方ならば、既に異世界に触れていると考えてよいと思います。そこには、一般のメディアが報じていない「裏の事情」が山ほど書かれています。
 不安やトラブルを抱えたり、自分や家族が難病を患ったりしたときにもまた、その入り口は近づいてきます。藁にもすがる思いの弱った人々に対し、既存のカルト宗教が忍び込んでくるのと同じ構図です。
 スマホを使いだしてそれほど時間が経っていない方は特に危険です。ネットの恐ろしさを知らずスマホを利用するのは、丸腰でサバンナを散歩するようなものだからです。ネット空間は、人の心を支配してしまう仕組みであふれており、今日もまたどこかで誰かが異常な世界に引きずり込まれているのです。ネットにアクセスする前に、護身術を身につけなくてはなりません。

続きは書籍でお楽しみください

物江潤
1985(昭和60)年、福島県生まれ。早稲田大学理工学部社会環境工学科卒。東北電力、松下政経塾を経て、現在は福島市で塾を経営する傍ら社会批評を中心に執筆活動に取り組む。著書に『ネトウヨとパヨク』『空気が支配する国』など。

新潮社
2023年1月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

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