<書評>『ヤジと民主主義』北海道放送報道部道警ヤジ排除問題取材班 著

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ヤジと民主主義

『ヤジと民主主義』

著者
北海道放送報道部道警ヤジ排除問題取材班 [著]
出版社
ころから
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784907239657
発売日
2022/11/07
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『ヤジと民主主義』北海道放送報道部道警ヤジ排除問題取材班 著

◆小さな自由 奪われた先に

 「自由はある日突然なくなるものではない。それは目立たない形で徐々に蝕(むしば)まれ、気がついたときにはすべてが失われている…」。三十年前の首相、宮沢喜一氏が遺(のこ)した有名な警句である。本書はその言葉通りの一見小さな、目立たない“事件”を追う。

 二〇一九年七月、札幌で参院選の街頭演説をする当時の安倍晋三首相に「帰れ! 安倍やめろ!」と叫んだ男性と「増税反対」の声を上げた女性が北海道警によって強制的に聴衆から排除された。安倍政権への異議申し立てを妨害された市民はこの日、少なくとも九人に上ったという。

 法的根拠はない。現場の警察官は「危ないから」「周囲の迷惑になる」と曖昧な理由を繰り返した。先の二人が起こした国家賠償訴訟で、道警側は犯罪や小競り合いを未然に防ぐ適法行為と主張するも、札幌地裁はこれを否定。表現の自由の侵害が認められたが、道は控訴している。

 治安維持のためなら多少の違法行為も許されるという考えが組織にあると、道警の内情に詳しい元幹部は言う。市井の一個人の表現を社会の脅威とみなす警察権力の行き着く先は、戦前の「生活図画事件」で逮捕された老画家たちの証言を通して語られる。

 ヤジ排除を許容し、見過ごした報道機関も問われる。明らかな違法行為が何台ものテレビカメラの前で行われた。権力の監視役であるべきマスコミは無視されたのだ、と。

 だが、北海道放送の取材班はこだわり続けた。中心となった長沢祐(たすく)記者は他業種から転職して一年に満たず、取材を指揮した山﨑裕侍(ゆうじ)デスクも警察担当の経験は長くない。当局情報に依拠する記者クラブの常識に染まっていたら、ここまで報道できたかと山﨑デスクは自問している。

 ヤジ排除から三年後の今夏、演説中の安倍氏が銃撃で死亡すると札幌地裁判決への批判が広まったが、二つの事件はまったく別問題であり、警備強化を理由に聴衆の表現を妨げてはならないと本書は警鐘を鳴らす。「自由より秩序」の空気は徐々に、だが確実に民主主義を蝕んでゆく。

(ころから・1980円)

日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞、ギャラクシー賞などを受賞した北海道放送のドキュメンタリーを書籍化。

◆もう1冊

原田宏二著『警察捜査の正体』(講談社現代新書)。元道警幹部の告発の書。

中日新聞 東京新聞
2022年12月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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