思い出も捨てるようで…深夜に息子のおもちゃを処分した父親が語る、切なくて愛しい「トイ・ストーリー」

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おもちゃは子供の成長とともに……(イラスト:土岐蔦子)

 子供のころに夢中になって遊んだ玩具(おもちゃ)や大切にしていた玩具が、誰にでも一つはあるだろう。また、捨てられずに思い出と一緒にしまった玩具を思い返すと、その記憶の中には家族との繋がりを強く感じる人も多いのではないだろうか。

 現在、2児の父親である作家の二宮敦人さんは、クリスマスや誕生日にプレゼントされた子供のころの自分と息子たちを重ね合わせ、「最近、モノに対して感傷が入りがち」と言う。その理由は、子供たちが成長とともに、玩具と出会い、お別れしていく過程に独特の切なさを感じるからだと綴る。

 二宮さんが、ちんたん(4歳)とたっちゃん(0歳)の子育てに奔走する中で、実際に経験し、自問自答した日々を記録した中から、ちょっぴり泣ける「子供と玩具」との関わりを綴った一編「我が家のトイ・ストーリー」をまるごと紹介する。

我が家のトイ・ストーリー

 こないだ、悲しい事件があった。

 居間に新しい机を買ったのである。角が丸くて、折りたたみ式で、安くて色合いも素敵。小さい生命体たちとの暮らしにふさわしいものに思えた。

「じゃ、ちょっと動かすよ」

 食事前に、僕は机を移動させようと、力を込めて押した。するとどうだろう、机が斜めに傾いてしまった。

「わーお」

 長男のちんたんが歓声を上げる。僕たちの目の前で、お皿やお箸、並べられていたミニカーたちが、ざらざらと坂を転がり落ちていった。次男のたっちゃんはキャッキャと笑い、もう一回やって、というように目をきらきらさせてこちらを見上げている。

 僕はただ、呆然としていた。

 よく見ると、机の脚が折れていた。子供用のフロアマットが滑り止めとなり、蝶番(ちょうつがい)に力が掛かりすぎたらしい。便利な折りたたみ式が仇となった。

「机が……」

 床に天板だけを置き、その上で食事をしながら、僕は呟く。

「買ったばかりの机が」

 妻はあまり動じていない。

「仕方ないよ。また買えばいいよ」

 部屋の隅に立てかけられた、折れた脚。蝶番の回りには千切れた木片がこびりついている。

「こいつはついさっきまで立派に机だったのに。脚が一本折れただけで、もう家具としては生きられなくなってしまった。僕のせいだ。僕が無理に動かさなければ、もっと長生きできたのに」

「競走馬みたいなこと言ってる」

 最近、モノに対して感傷が入りがちなのは、小さな生命体たちを見ているせいかもしれない。彼らのモノとの関わり方には情熱があり、また独特の切なさがあるのだ。

二宮敦人(作家)
1985年東京都生まれ。2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。フィクション、ノンフィクションの別なく、ユニークな着眼と発想、周到な取材に支えられた数々の作品を紡ぎ出し人気を博す。『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』『ぼくらは人間修行中―はんぶん人間、はんぶんおさる。―』(ともに新潮社)、『最後の医者は桜を見上げて君を想う』(TOブックス)など著書多数。

二宮敦人(作家)

新潮社 波
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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