思い出も捨てるようで…深夜に息子のおもちゃを処分した父親が語る、切なくて愛しい「トイ・ストーリー」

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子どもとおもちゃの切ない関係

 だが、彼らが玩具を大切に扱っているかというと、そうとも言い切れない。

 何かのおまけにもらったプラスチックの梯子消防車。初めのうちは走らせて遊んでいたちんたんだが、ある日いきなり、梯子を力尽くでもぎ取ってしまった。そしてまた別のおまけとセロテープで繋ぎ合わせて、こう言ったのだ。

「見て! これ、ピストルみたいでしょ、バンバンバン!」

 ひとしきりピストルごっこして、飽きたらしい。そのへんに放り出して、テレビの前に戻ってしまった。

 床には梯子をもぎ取られた消防車と、セロテープでぐるぐる巻きにされたピストル風の物体が転がっている。そのうち遊ぶかと思って見ていたが、翌日も同じ場所に落ちている。その翌日もである。積み木で遊ぶために、足で蹴って隅に追いやろうとする始末だ。

「ちんたん、これはもう遊ばないの? 自分で作ったピストル」

 拾い上げてそう聞くと、ちんたんはつまらなそうな目でこちらを見た。そして黙って頷いた。ゴミ箱行きである。

 モノを粗末にするようで心苦しいが、それもやむを得ないところがある。彼らの周りには、玩具が山ほどあるのだ。全てを大切に取っておくわけにはいかない。我が家ではプラスチックケースを玩具箱にしているのだが、あれよあれよという間に五箱分にもなってしまった。こんなに玩具が増えるなんて、想像もできなかった。

 増え方は三つほどパターンがある。

 誕生日に買ってやったり、親戚や知人からもらうというのが一つ。二つ目は、いろいろなところでもらうおまけ、これが意外と多い。レストランのお子様向けメニューについてくることもあれば、遊園地の記念品としてもらえることもある。切符を切りに来た車掌さんが胸元に手を入れ、電車のペーパークラフトを差し出してくれた時にはびっくりした。子供というだけであちこちでプレゼントがもらえるなんて、豊かな世界である。そして三つ目は、思いも寄らぬものが、突然玩具に変貌するケースだ。

「お父さん、見て! こんなにきれいなものが書いてあるよ。こんなにじょうずに、だれが書いたんだろう? すごいね!」

 ちんたんの指さす先に目を凝らしても、何のことだかわからない。しばらくやりとりして、ようやくわかった。

「これのこと? Amazonの段ボール。机が入ってた……」

「そう!」

 表面に印刷された活字が、彼の心を打ったようである。

「これ、いっしょうの宝物にしようと思う」

「おい本気か」

「捨てないでね! ぜったいね」

「めちゃくちゃ邪魔なんだけどこれ」

 しばらく段ボールは秘密基地ごっこに使われたり、絵を描かれたりと、寵愛を受けるのである。

 そのほかにも「銃に似ている」木の棒が五ヶ月もの間大切に遊ばれ続けたり、プリンの空き容器が一夏の間レギュラーの座を維持し続けたりと、玩具箱の門戸は広く開かれている。何でも玩具に見える、彼らの心こそが一番豊かだとも言えそうだ。

 そうしてどんどん新しいものに興味を持っては手に取り、どんどん飽きては放り捨てていくのである。

二宮敦人(作家)
1985年東京都生まれ。2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。フィクション、ノンフィクションの別なく、ユニークな着眼と発想、周到な取材に支えられた数々の作品を紡ぎ出し人気を博す。『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』『ぼくらは人間修行中―はんぶん人間、はんぶんおさる。―』(ともに新潮社)、『最後の医者は桜を見上げて君を想う』(TOブックス)など著書多数。

二宮敦人(作家)

新潮社 波
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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