フランスで累計27万部の大ヒット ワイン生産者と漫画家の豊饒な交流

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ワイン知らず、マンガ知らず

『ワイン知らず、マンガ知らず』

著者
エティエンヌ・ダヴォドー [著]/大西愛子 [訳]/京藤好男 [監修]
出版社
サウザンブックス社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784909125385
発売日
2022/07/22
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

フランスで累計27万部の大ヒット ワイン生産者と漫画家の豊饒な交流

[レビュアー] 信濃八太郎(イラストレーター)

 豊洲市場で魚屋を営む幼馴染みがいる。小学生の頃のらくがきから自分の絵を知っている彼に今の仕事を見てもらうのは、最も緊張する瞬間だ。なにせ画材を初めて買いに行った日まで知られているのだから。

 本書を読んですぐに思い出したのは、今や一流の料理人たちから相談を受ける立場となったその友人のことだった。

 ワイン造りに興味を持つ漫画(フランスではバンド・デシネと称す)作家の著者エティエンヌ・ダヴォドーは、十年来の友人で、ロワール地方でワインを生産しているリシャール・ルロワに、一年間の密着取材の許可を求める。これがただの一方的な取材ではないところが面白い。

 エティエンヌがワイン造りをゼロから学ぶのと同じように、リシャールにはバンド・デシネや出版界について知ってほしいと、互いに学び合う関係を提案し、リシャールも了承するのだ。

 その「相互教育」の約一年間の記録が一冊にまとまった。

 厳しい寒さが鼻先に伝わるような、真冬の葡萄畑の剪定シーンから物語は始まる。葡萄の木や土と向き合いながら交わされる二人の会話の一つ一つが、心を温めるように身に染み入ってくる。「できるだけ長い間自分の仕事を把握し続けていたいよな」「でも同時に偶然や、予測しなかったことに真の居場所も残しておきたい」

 ワイン造りと漫画描き。全く異なる仕事だけれど、ひとつ事を突き詰めていった先にはたくさんの共通点があって、ただの漫画にあらず、プロフェッショナルな仕事論として読むこともできる。美しい四季の移ろいのなか、リシャールはワイン造りを手伝ってもらい、エティエンヌは作家仲間や出版社、印刷所を訪ねて彼を紹介していく。

 このワイン造りにしか興味がない一風変わった男に、皆が魅了される描写からも、著者エティエンヌの彼に対する敬意が見てとれる。観察し記録することを生業とするぼくらのような仕事には、最も重要な視点だ。どのページからもフランスの田園風景を流れる春の風や夏の陽射しが感じられ、読み終わることで旅が終わってしまうと思うと、哀しくなってくるほどだった。

 巻末には、会う度に互いのお薦めを持参した二人の、ワインとバンド・デシネがリスト化されていて、いずれも飲んで、読んでみたくなった。本書はフランスでは27万部を売り上げる大ヒットとなり、およそ14の言語で翻訳出版されている。日本語で読めることが有難い。近く豊洲市場に持っていってやろう。

新潮社 週刊新潮
2023年1月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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