文芸評論家が注目する新人作家 オール讀物新人賞、警察小説新人賞、京都文学賞など9作品を紹介

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  • 首ざむらい 世にも快奇な江戸物語
  • 貸本屋おせん
  • 恩送り 泥濘の十手
  • ちとせ
  • 夜の夢こそまこと 人間椅子小説集

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 文芸評論家の末國善己が注目する新人作家を紹介。オール讀物新人賞、警察小説新人賞、京都文学賞など9作品の読みどころとは?

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 二〇二三年最初のエンタメ書評ということで、今回は将来が楽しみな新人の作品から始めたい。

 第九九回オール讀物新人賞の受賞作を含む由原かのんの短編集『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』(文藝春秋)は、ジャンル分けが難しい奇妙な味わいがある。

 表題作は、関ヶ原の戦いで主家を失い、父を病で亡くした小平太が、母の頼みで大坂の陣で豊臣についた叔父を迎えに行く途中で、意思疎通ができる生首と出会い共に大坂を目指すロードノベルである。物語の随所に仕掛けを施し、怪談、少年の苦悩と成長、合戦の残酷さ、家族の情愛などの多彩な題材を描いているので、最後まで先が読めなかった。喝食として禅寺に預けられた梛丸と孤蝶が虐待に耐えかねて逃げ出し、謎めいた尼僧に助けを求める「孤蝶の夢」は、孤蝶と引き離された梛丸が、男に預けられ忍術修行に励んでいく。ラストにはミステリ的などんでん返しが用意されており、驚愕の真相を知った梛丸が最後に下した結論には深い感動がある。江戸の随筆集に出てくるような怪異や、黄表紙を思わせるユーモアとナンセンスを使い、デビュー作にして独自の世界を作っているので、次回作が待ち遠しい。

 高瀬乃一の連作短編集『貸本屋おせん』(文藝春秋)は、江戸の貸本屋を探偵役にした時代小説版ビブリオ・ミステリである。父が凄腕の彫師だったこともあり本好きになったおせんは、女手ひとつで貸本屋を営みながら書肆になる夢を抱いていた。第一〇〇回オール讀物新人賞を受賞した「をりをり よみ耽り」は、顧客の家をまわって本を貸したり、蔵書家を訪ね写本をしたりするおせんの仕事ぶりの中に、暗号解読や父を奉行所に密告したのは誰かを捜す謎解き要素が違和感なく織り込まれていた。曲亭馬琴の新作の板木が盗まれる「板木どろぼう」は、二つの書肆が共同で一つの作品を出版することがあったなど、知られざる時代考証がミステリにからめられていた。おせんは、父が幕府の出版統制の犠牲になったことから言論の自由を守ろうとし、女性の社会進出が難しかった時代に商売を大きくしようとするなど現代とも無縁ではないテーマを設定したのも鮮やかだった。宇江佐真理はオール讀物新人賞の受賞作「幻の声」を、〈髪結い伊三次捕物余話〉としてシリーズ化したが、『貸本屋おせん』も同じようになることを期待したい。

 第一回警察小説新人賞を受賞した麻宮好『恩送り 泥濘の十手』(小学館)は、長編の捕物帳である。

 赤ん坊の頃に捨てられたおまきは、岡っ引の利助に育てられた。十六年後、付け火の犯人を追っていた利助が行方不明になり、おまきは、材木問屋の息子で絵が得意な亀吉と、目は見えないが嗅覚が鋭い要の協力を得て父を捜す。捕物帳ではヒーローの岡っ引だが、実際は元犯罪者が多く、表向きは使用が禁止されていた。こうした史実を踏まえ、臨時廻り同心の飯倉信左は、家の方針で岡っ引を持たず、おまきたちの協力を拒むなど、丁寧な時代考証で当時の捜査を再現しているのも見逃せない。おまきたちは足の捜査で手掛かりと証言を集めるが、断片がまとまり真相が浮かび上がる終盤は圧巻で、探偵役の特技を過不足なく使ったところも含め隙のないミステリになっていた。事件の背後には、迷信による弊害、病気への差別など現在も根強く残る問題が置かれており、それとどのように向き合うべきかも考えさせられる。

 第三回京都文学賞の中高生部門の最優秀賞を受賞した高野知宙『ちとせ』(祥伝社)は、高校生作家のデビュー作である。舞台は、博覧会の開催で盛り上がる明治五年の京。俥屋の息子で十六歳の藤之助は、鴨川沿いで三味線を弾く少女を目にする。少女の名は、ちとせ。丹後で生まれたが天然痘に罹り失明するかもしれないちとせは、光を失っても生きられるよう母に京へ連れてこられ、師匠のお菊に三味線を仕込まれていた。三味線で生活するには、視覚に障害がある女性芸能者・瞽女か、芸妓になるしかなかったが、ちとせは新しい道を切り開きたいと考えるようになる。病気の使い方が作為的すぎるきらいはあるが、天然痘の痕が残るなど容姿にコンプレックスがあるちとせが、激変する時代に翻弄されながらも進むべき道を模索する展開は普遍的な青春小説になっており、著者と同年代の読者は共感も大きいのではないか。

 読んだことのない作家に出会うには、見本市のようなアンソロジーが最適なので、二冊を紹介したい。

 五人が参加した『夜の夢こそまこと【人間椅子小説集】』(KADOKAWA)は、ロックバンド人間椅子の曲を題材にした小説のアンソロジー。大槻ケンヂ「地獄のアロハ」は、著者がモデルと思われる「僕」が、一九九〇年前後のインディーズブームの実情や、人間椅子のメンバーとの思い出を語るエッセイ風の物語が、予想外の結末になる急展開に驚かされた。父との不和が原因で故郷の秋田県を出て東京で働き、仕事が認められ社長になった男が、バブル崩壊ですべてを失い帰郷する伊東潤「なまはげ」のどんでん返しは、ホラーとしても、ミステリとしても完成度が高い。貧しい少女チエが、超能力少女を教祖に戴く新興宗教団体に入り、大人を騙し教団を大きくすることで社会に復讐しようとする空木春宵「超自然現象」は、信じることのポジとネガに切り込んでいた。人間椅子の和嶋慎治の創作もあり、ファンはもちろん、怪奇、幻想文学が好きな読者であれば、絶対に楽しめる。

『ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー』(講談社タイガ)は、歴史改変SFの傑作が五作並んでいる。大和言葉を詠語(モデルは英語)に翻訳して詠むのが和歌とされるもう一つの平安時代を舞台にした斜線堂有紀「一一六二年のlovin’ life」は、和歌の天才ながら詠訳が苦手な式子内親王と、翻訳を担当する師のシスターフッドの関係を軸にすることで、和歌の題材の一つである恋愛のあり方に一石を投じていた。ジャンヌ・ダルクの歴史的な評価を決めるためシミュレーションが繰り返される伴名練「二〇〇〇一周目のジャンヌ」は、簡単に修正される歴史にとって真実とは何かを問うテーマが重い。出色なのは、一九六〇年代の日本にSNSがあったとする宮内悠介「パニック──一九六五年のSNS」。『輝ける闇』を書くためベトナム戦争を取材していた開高健が行方不明との一報が入り、ネットには自己責任論があふれ史上初の炎上事件(これが開高の代表作『パニック』になぞらえられている)になった。この炎上が発生した理由を探るところは現代とも繋がりシリアスだが、三島由紀夫がネットの書き込みを読んで右翼に絶望し、文学者の評価が低かったSNSを最初に論じたのが中島梓で、開高健がなぜ「釣り」に熱中したのかなど、戦後文学史の知識があると抱腹絶倒のネタを連続させたところは、歴史を題材にした作品も多い著者らしい。いずれの作品も、もう一つの歴史を描くことで現実世界の問題点を照射し、歴史とは何か、歴史から何を学ぶべきかにも迫っていた。

 平安時代ミステリ〈探偵は御簾の中〉シリーズを書き継いでいる汀こるものの新作『煮売屋なびきの謎解き仕度』(ハルキ文庫)は、舞台を江戸時代に移している。

 幼い頃に家族とはぐれたなびきは、神田で煮売屋を営む久蔵に育てられた。十四歳になったなびきは、久蔵が富士山に旅立ったため、一人で店を切り盛りすることになる。巻頭の「実の一つだに」は、店に来た客の事情を看破するホームズ譚を思わせる一作。なびきが桜海老で作ったかき揚げ丼が人気になるが、大行列ができるなか誰にも気づかれず赤ん坊が捨てられる「甘酒と白雪?」は、逆説を巧みに使ったロジックが面白い。「和蘭陀時計の謎」は、公家の姫の侍女が欠落するも約束の時間に男が現れなかった謎を、なびきがゼンマイ式の和蘭陀時計を使って解いていく。ロジックは数学的だが、江戸の話だからか不思議と散文的になっていない。

 料理ものの時代小説は多いが、本書はレシピに使えそうな料理を謎解きにからめており、緻密な構成が光る。

 戸田義長の『虹の涯』(東京創元社)は、天狗党の乱を題材に、実在の水戸藩士・藤田小四郎を探偵役にしている。安政地震で圧死したとされる小四郎の父・東湖の死の真相を知っているらしい男が、密室状態の二階の部屋から転落死する「天地揺らぐ」は、時代考証を活かしたハウダニットが、浄瑠璃に熱中していた名主が『女殺油地獄』に見立てて殺される「蔵の中」は、見立てを利用したトリックが面白い。これらの事件に小四郎が挑む間にも、天狗党と水戸藩主流派の対立は激化。筑波山で決起した天狗党は、幕府の鎮圧命令を受けた諸藩と戦いながら京を目指す。小四郎が、戦闘で重傷を負い余命わずかな男たちの腹を引き裂いて殺す猟奇的な連続殺人犯〈化人〉を追う最終話「幾山河」は、ホワイダニットに捻りがあった。戦闘による死者と〈化人〉による被害者が増え死が濃密に描かれていくが、暗い展開を通して生きる意味が問い直されていくので、ささやかな光明が描かれるラストには救いがある。

 植松三十里『家康の海』(PHP研究所)は、晩年の徳川家康を悩ませた江戸初期の外交に着目している。

 豊臣秀吉の朝鮮出兵に批判的だった家康は、朝鮮との国交回復に尽力するが、ヨーロッパ諸国との外交方針では苦労する。関ヶ原の合戦に敗れ多くの浪人を出した西日本から九州にはキリシタンが多く、それをスペインなどのカトリック国が支援すれば幕府の脅威になる。ただ江戸近くの浦賀を国際貿易港にしたい家康は、メキシコ航路を持つスペイン船を浦賀に呼びたいので、カトリックの扱いは舵取りが難しくなる。経済と安全保障のバランスに悩む家康は、現代日本が直面している問題を先取りしたといえるだけに、その葛藤が生々しい。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年2月号  掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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