米軍のミサイル巡洋艦がシステムダウン!緊急事態の驚くべき原因は簡単な「割り算の失敗」だった

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米海軍ミサイル巡洋艦「ヨークタウン」

 1997年9月、米海軍のミサイル巡洋艦「ヨークタウン」が任務不能に陥る緊急事態が起きた。
搭載されていたコンピュータがシステムダウンし、エンジントラブルが発生。2時半ほど機能が麻痺した「ヨークタウン」は任務不能とされ、他の船に牽引され帰港するという異例の事態だった。

 サイバーテロによるものか、はたまた何らかの兵器で攻撃を受けたのか。
 米国が調査した結果、判明した原因は、なんと簡単な「割り算の失敗」だった――。

「実は、簡単な割り算が命に関わる問題を引き起こすこともある」と話すのは、下関市立大学で数学を教える佐々木淳氏だ。元海上自衛隊の数学教官でもある佐々木氏が、著書『世界が面白くなる!身の回りの数学』(あさ出版)で語った、「ヨークタウン」の驚くべき実例を紹介する。
(以下は『世界が面白くなる!身の回りの数学』をもとに再構成したものです)

 ***

割り算でやってはいけない「禁則事項」

 「足し算」「引き算」「掛け算」「割り算」のことを四則演算といいますが、割り算には、他の足し算・引き算・掛け算の3つの計算にはない禁足事項があります。 それはゼロで割ること(÷0)です。 小学校の算数の授業で「どんな数もゼロで割ってはいけません」と習った人もいるかもしれせん。試しに電卓で「÷0」と入力 すると、「E(エラー)」や「ゼロでは除算できません」という意味の内容が液晶画面に表示されます。

 実はこの「ゼロで割ったらエラーになる」という現象こそ、「ヨークタウン」のシステムダウンの原因でした。 そんな単純なことでミサイル巡洋艦が故障するなんてと驚かれるでしょう。でも、本当なのです。「ヨークタウン」のシステムダウンの原因を解明するとともに、ゼロで割ってはいけない理由を説明していきます。

人間にできて、コンピュータにできなかったこと

 小学校の算数の授業で、割り算の答え方が2通りあったことを覚えているでしょうか。 たとえば「7÷2」では、割り切れないため「3.5」と「3余り1」という答えになります。この2通りの答え方は、割り算の重要な考え方を反映しています。次の問題を見てください。

問題
7個のリンゴをAさんとBさんの2人に配るとき、何個配ることができるでしょうか。


図1:「掛け算の逆」の考え方

 簡単な文章問題ですね。ひとつ目の割り算の考え方は図1の通りです。
 図1のようにAさんもBさんも3個のリンゴと0.5個のリンゴを受け取ることができます。つまり「7÷2=3.5」と求められます。この考え方では、割り算は「掛け算の逆」となります。

 では、次の問題はどうでしょうか?

問題
7個のリンゴを2個ずつ配るとき、何人に配ることができるでしょうか。


図2:「引き算の応用」の考え方

 今度は先ほどとは違い、1人あたりに配るリンゴの数が決められています。この場合は、図2のような考え方をします。

 答えは、「3余り1」となります。

 図2では、7個あるリンゴが2個ずつ配られていき、1個余ることがわかります。このふたつ目の考え方では、割り算は「引き算の応用」となります。 「引き算の応用」で考えると、「ゼロで割る(÷0 )」ことは、ゼロを引き続けることを意味します。これこそが「数をゼロで割ってはいけない理由」につながるのです。

 たとえば、7÷0の計算を「引き算の応用」で考えると、「7から 0を何回引いたら0になるのか」と言い換えられます。しかし、0を無限に引いても7である状態は変わらず、答えは求まりません。答えが永遠に求まらないので、「数をゼロで割ってはいけない」 のです。

 私たち人間は、計算しても答えが求まらないとわかれば、計算を止めることができます。しかし、コンピュータは自動で割り算を止めることができません。たとえ、7÷0のように答えが求まらなくても、永遠に計算をリトライし続けます。

「ゼロで割る」計算でミサイル巡洋艦が機能停止

 冒頭の米海軍ミサイル巡洋艦「ヨークタウン」の事故の経緯は次の通りでした。

 乗組員が誤った数字を入力した結果、「ゼロで割る(÷0 )」という計算が発生し、コンピュータが計算し続けることでメモリを大量消費。そのうちにコンピュータが計算処理できなくなり、「ヨークタウン」がシステムダウンしてしまったというわけです。

 コンピュータには「答えが出ない」という「答え」を人間が教えないといけません。 そこで、人間がコンピュータに示した「ゼロで割る(÷0 )」の 答えが、「E(エラー)」などの警告メッセージというわけです。 この警告メッセージは、コンピュータにリトライを止めさせる「答え」となっています。

 「ゼロで割る(÷0)」計算が、ミサイル巡洋艦の機能を停止させるとは驚きですね。 この出来事は、有事ではなく平時であったことや航空機ではなく巡洋艦であったことから墜落するなどの被害が出ずに済みました。

 ですが、状況が違えば「命」に関わる事態になっていたと推察します。

 数学は、難しい問題の解き方などに焦点が置かれがちですが、簡単な割り算の計算ミスでも、「命」に関わる事態にもなりえるということです。普段慣れている簡単な計算でも油断せずに、慎重に行う必要があるということがわかりますね。

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 ミサイル巡洋艦がまさか、割り算の失敗でダウンしていたとは……。この事故は1997年というまだパーソナルコンピュータが普及し始めたばかりの時代の出来事であり、今後同様の事態が起きる可能性は低いだろう。
 ただ、AIやデータサイエンスの活用により数学に強い人材が求められるようになった昨今だからこそ、数学の重要性を認識し直す必要がありそうだ。佐々木氏の著書『世界が面白くなる!身の回りの数学』では、カレーの辛さと香辛料の量の関係や、「プレミアム商品券」は本当にお得なのかなど、知ればすぐ身の回りで役立つ数学を分かりやすく紹介している。数学に苦手意識を持っている人こそ、手に取ってみるのがいいのかもしれない。

佐々木淳
下関市立大学教養教職機構准教授。
1980 年、宮城県仙台市生まれ。東京理科大学理学部第一部数学科を卒業後、東北大学大学院理学研究科数学専攻を修了。代々木ゼミナールの数学科講師、防衛省 海上自衛隊の数学教官を経て、2022 年4 月より現職。海上自衛隊では、パイロット候補生の教育に大きく尽力した功績が認められて、事務官職では異例ともいえる 第3 級賞詞(職務遂行にあたり、著しい功績があった者や技術上、優秀な発明をした者などに授与される)を受賞する。
著書に『AI 実装検定 公式テキストA 級』(大学教育出版)、『公務員試験 最初でつまずかない数的推理』(実務教育出版)、『身近なアレを数学で説明してみる』(SB クリエイティブ)などがある。

あさ出版
2023年3月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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