宇宙ホテルで変死事件……究極のクローズドサークルで展開されるミステリ作品『星くずの殺人』

レビュー

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  • 星くずの殺人 = Stardust Murder
  • バスに集う人々
  • 名探偵のままでいて = Stay being The great private detective

書籍情報:openBD

[本の森 ホラー・ミステリ]『星くずの殺人』桃野雑派/『バスに集う人々』西村健/『名探偵のままでいて』小西マサテル

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 南宋時代の中国を舞台に武侠小説の装いで密室ミステリを包み込んだ『老虎残夢』によって江戸川乱歩賞を受賞した桃野雑派。彼の受賞後第一作『星くずの殺人』(講談社)の舞台は、なんと宇宙だ。

 宇宙事業を手掛けるベンチャーに勤める土師。彼は、宇宙船の副機長兼添乗員として、六人の宇宙旅行客を連れて、高度三二〇キロに浮かぶ宇宙ホテルに到着した。その直後、機長が死体で発見される。無重力の倉庫で、首吊り状態で……。

 宇宙ホテルという究極のクローズドサークルで発生した変死事件を扱った本書、まずは事件そのものが興味深い。殺人か自殺か事故か。無重力と首吊りの“相性の悪さ”をどう解くべきか。そんな謎を抱えた土師と旅行客たちに通信の途絶などのトラブルが追い打ちをかけ、さらにホテルスタッフの思わぬ行動もあり、人間関係の緊張は高まる一方だ。そうしたなかで命を脅かす出来事が連続する。謎に加え、スリルもたっぷりと味わうことができるのだ。そのうえで、結末で明かされる真実は、心理的には重い問題提起をはらみ、物理的には圧倒的に豪快だ。人物造形も達者で、それ故にラスト一行の洒落っ気が際立つ。乱歩賞受賞作とは全く異なる世界を描きつつ、作家としての進化を感じられて大満足。

 西村健が描くのは対照的に都バスに乗って都内を巡るという小さな旅だ。そんな旅の物語に安楽椅子探偵型の推理を組み合わせた『バスを待つ男』で始まった〈路線バス〉シリーズの第三弾にして完結篇がこの『バスに集う人々』(実業之日本社)。八つの章と終章という連作短篇集形式の本書では、過去二作でお馴染みになったバス旅の愛好家たちが、都内を中心に、ときに青森や福岡でバスに乗り、顧客データの流出や尾行疑惑、あるいは刑事事件といった謎と遭遇する。作品の造りとしては過去二作をふまえたオールスター型なのだが、本書から読み始めたとしても、各章で描かれるバス旅の魅力(人と街の魅力でもある)も堪能できるし、旅のなかに伏線とともに溶け込んだ謎の解明も愉しめる。もちろん錦糸町の安楽椅子探偵も活躍していて、よき短篇を読む幸せをトータルで満喫できる。

 やはり連作短篇集形式の小西マサテル『名探偵のままでいて』(宝島社)は『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作。小学校校長として愛され、現在は幻視をともなう認知症を患うものの、知性の冴えは維持している祖父に、小学校教師の孫娘が謎解きを頼む物語が並ぶ。依頼内容は日常の謎に密室殺人に人間消失と多様であり、推理には関係者の心を慮る温もりがある。終章にて強烈な悪意の主を登場させ、犯人特定の推理と抜群のサスペンスを両立させているのも嬉しい。さらに、作中には瀬戸川猛資やハリイ・ケメルマンなどミステリ関係者の固有名詞がちりばめられていて、著者のミステリ愛も伝わってくる。素晴らしい書き手の登場を喜びたい。

新潮社 小説新潮
2023年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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