「亡くなったばあちゃんを何度も思い出しました」たんぽぽ白鳥が泣いた、ぬくもりに満ちた小説

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あなたはここにいなくとも

『あなたはここにいなくとも』

著者
町田 そのこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103510833
発売日
2023/02/20
価格
1,705円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

心強いおばあちゃんたち


保証してくれる人がいる安心感(画像はイメージ)

『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞した町田そのこさんによる小説『あなたはここにいなくとも』が刊行された。恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れなどを描いた本作の読みどころを、お笑いコンビ「たんぽぽ」の白鳥久美子さんが紹介する。

白鳥久美子・評「心強いおばあちゃんたち」

 幼稚園児だった頃、私は「早くばあちゃんになりたいなぁ」と言ったことがあるそうです。大人たちは大笑い。今でも語り草になっているのですが、確かに私はばあちゃんに憧れていました。ばあちゃんの手で作り出される料理は、あまりにも美味しくて魔法のようでしたし、無口な私の気持ちを読んでいる時のばあちゃんは、どことなく魔女のようで魅力的でした。私もそんな能力が欲しい。魔法使いサリーちゃんより、ばあちゃんでしょ。そんなことを思っていたのです。

『あなたはここにいなくとも』には、現実に行き詰まっている女性たちが登場します。私とは違う境遇にいる主人公たちなのに、とても人ごととは思えないモヤモヤを抱えています。……何か私に問題があるのかもしれない。こんな現状を作り出したのも自分の生き方のせいかもしれない。かといって、何をすれば正解なのかも分からない。

 もしかしたら、女の人はみんなそんな気持ちを抱えているのかもしれません。恋人、結婚、出産、家族、友人、仕事。年齢と共に求められる姿や、自分自身が求めている姿や環境も変わっていく。いや、変わらざるを得なくて苛立つ。どうして、どうしよう。

 そんな彼女たちのある日に、「おばあちゃん」があらわれるのです。

「入道雲が生まれるころ」では藤江さんというおばあちゃんが登場します。藤江さんの葬儀の手配を進めていたところ、実は38年前に亡くなっていると役所には記録があり、家族は大騒ぎに。いったい藤江さんは何者なのか。

 主人公の萌子は、妹の芽衣子と一緒に彼女の家の片付けを始めます。二人が思い出すのは、彼女が焚火をしていた姿。束になった写真や手紙、手の中の思い出を全て炎にくべていく藤江さんの姿が、少し怖い。

 藤江さんは芽衣子に、自分の死後は全ての物を捨てるようにお願いをしていました。芽衣子は言います。

「……何もかも捨ててきた藤江さんやけど、何かひとつくらい、誰かひとりくらい、繋がりは残してたかもしれん。大事に守ってきたものがあったかもしれん。それを知りたいんよ。……」

 自分という存在まで捨ててきたような藤江さんがそれでも残したもの。萌子と芽衣子が見つけたそれが、哀しくて愛おしくて、でもどこか清くもあって忘れられません。それでも残るのなら大丈夫なのかもしれない。いや、残るのなら苦しみながらでも手放してはいけないのかもしれない。萌子も、微かな手がかりを見つけていきます。

 捨てるおばあちゃんがいれば、拾うおばあちゃんもいる。

「ばばあのマーチ」には、私の近所にも一人はいた、怖いけれど謎すぎて無視できないばばあが出てきます。ばばあは家の庭にコップやらグラスやらを並べては、それを叩いて意味不明な音を鳴らします。ばばあの目は灰色に濁っていて、その理由を彼女は、こう語ります。

「……怒りやら哀しみやらで、体中の血液が沸騰したのさ。まるで、感情が煮え湯になって、内側でぐつぐつ揺れてるみたいだった。そしたら、目ん玉が煮えちまったんだよ。……」

 この短篇集に出てくるおばあちゃんは、みんなどこかしら魔女めいているなと思いました。私のばあちゃんもそうだった。行動や眼差し、言葉の端々に不思議な力があって、惹かれてしまうのです。

 でも気付きます。それは魔法の力なんかじゃなくて、長い人生を歩んできた中で積もった、哀しみや苦しみが昇華した姿なんだと。諦めたことや、涙を流した過去があるから、現状で行き詰まっている人を否定しない。慈しんで、どうしようもない荷物も引き受けてくれる。

「先を生くひと」のおばあちゃん、澪さんが言います。

「……きっといつか、何もかもを穏やかに眺められる日が来る。ありのままを受け止めて、自分なりに頑張ったんだからいいじゃないって言える自分が、遠い未来にきっといる。……だから大丈夫よ。この私が、保証する」

 このやるせなさを丸ごと抱きしめて、保証してくれる人がいる。大丈夫。未来が待っている。そんな景色を思い描いたことすらなかった私は、泣きました。

 私はこれから先もたくさん諦めて、捨てていくのだろうけど、その痛みもしっかり受け止めて、いつか誰かの荷物も引き受けられるようになりたい。『あなたはここにいなくとも』で描かれたおばあちゃんたちは、そんな私の道しるべになってくれることでしょう。なんて心強い。

 町田さん、素敵な作品をありがとうございました。立ち止まる時に手にする一冊に出会えました。読みながら、亡くなったばあちゃんを何度も思い出しました。そんな豊かな時間を過ごしながら、新しい5人のおばあちゃんに出会えた私は、ますます「ああ、早くばあちゃんになりたいなぁ。その日が待ち遠しいなぁ!」と、笑っています。

新潮社 波
2023年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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