眞鍋かをり共感、自分の人生を振り返りながら読んだ一冊 町田そのこ『あなたはここにいなくとも』

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

あなたはここにいなくとも

『あなたはここにいなくとも』

著者
町田 そのこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103510833
発売日
2023/02/20
価格
1,705円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

いなくなったからこそ伝わってくること

[レビュアー] 眞鍋かをり(タレント)


眞鍋かをりさん

『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞した町田そのこさんによる小説『あなたはここにいなくとも』が刊行された。恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れなどを描いた本作の読みどころを、タレントの眞鍋かをりさんが紹介する。

眞鍋かをり・評「いなくなったからこそ伝わってくること」

 町田さんの著作を読むのは初めてでしたが、じわじわ沁みる読後感がとても良かったです。収録された五篇は「ここにいなくとも」というテーマは共通していますが、読んだ後に、みんな自分の経験に照らし合わすことができる部分があるのではないかなと思います。

 私も主人公が自分とぴったり重なるということはなかったのですが、自分の経験とリンクする部分は必ずありました。たとえば、「ばばあのマーチ」では主人公が会社でいじめられ退職した設定で、自分にそういう過去はなくても、社会に出てから挫折した時のことをしきりに思い出したり、私の家族は「おつやのよる」に出てくる、紹介するのが恥ずかしいような家族ではないけれども、でもどんな家族でも人間なので、どこかしら歪みのようなものはあるだろうと感じたりしました。共感の種が少しずつ蒔かれていて、他の人が読むと全く違うところで惹かれるだろうし、そこも面白いです。

 この本では北九州にルーツのある主人公が多いですね。私は愛媛県出身で、話しかけられたら絶対に無視しないという風土で育ったので、東京に出てきたときに人と関わらないという選択を最初はできなくて、すごく困ったことがありました。渋谷のキャッチの人にもひとりひとり話を聞いて、断るにも真面目に説得してしまったり。地元だと幼稚園から高校まで同級生がずっと一緒だったりして、自分から縁を切るという発想があまりないので、「入道雲が生まれるころ」のリセットしたい衝動はその反動なのかも、と感じるところもありました。

 私はあまり人に悩みを相談するほうではなかったので、昔は若さゆえの忍耐力で乗り切ったところはありつつも、全く異なる価値観を持つ人のなにげない一言で助けられたこともあって、それを「先を生くひと」を読んで思い起こしました。仕事のことで悩むと、特殊な業界のことなので理解してくれる人が少なかったりして、結局決めるのは自分なのですが、20歳の頃に知り合った8歳年上のヘアメイクの友だちには自分の気持ちを整理するために相談に乗ってもらったり、違う角度からのアドバイスに救われたりしたこともあります。

 逆に、何年かぶりに年下の後輩から連絡が来て、「あの時の眞鍋さんの一言がなかったら、私はいまこんなふうにできていません」と言われたことがあって、同じ年代や環境にいる人とは共感できるし、同じ立場で考えてあげることはできるかもしれないけれど、先を行っているからこその一言は、ちょっとしたきっかけになるんだなと思います。

 年齢が上がるにつれて相談されることが増えましたし、自分から言いたくなっちゃうことも増えました。だから、『あなたはここにいなくとも』は主人公側とおばあさん側双方の視線で読んでいました。「先を生くひと」の主人公は10代の女の子なので、78歳の澪さんが言うように、これからの可能性が眩しいし、それを直接教えてあげたくなっちゃいますし、同時に、30歳くらいの時に「あなたの人生は始まったばかりよ」と88歳のおばあさんに言われた記憶を掘り起こされたりもしました。

 彼女は祖父のお姉さんで、家族と絶縁してしまいハワイに住んでおり、私は子どもの頃に会ったきりでした。会いに行ったのは祖父が亡くなった後だったのですが、それも祖父の繋いでくれた縁だなと思ったり、その後、亡くなった彼女の遺灰や形見を分けてもらい、地元の海に撒いてあげることができました。亡くなってから動き出したり教えてくれることはあり、そして、みんなそうやって死んでいくのかもしれません。

 いなくなってしまってからいなくなる前に言っていたことの本当の意味を実感したり、亡くなった後に残されたものからその人の人生を想ったりする。亡くなる前に会って話しておけばよかったという後悔は誰しもあると思うのですが、でもそれ以上に、いなくなったからこそ伝わってくることもあるのだな、と読みながらしみじみと思い浮かべました。

 この本では、なにか悩みを抱えている主人公が、そこにはいない人にヒントをもらうというストーリーが多いので、同じく悩みを抱えている人には五篇の中で支えになる話が見つけられると思いますし、悩んでいる人に対して何かをしてあげたいと考えている人にも、ただいるだけでも光になることがあるし、言葉でなくても影響を与えることができるかもしれないんだよ、と教えてくれると思います。 (談)

新潮社 波
2023年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク