『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』刊行記念 望月衣塑子×アルテイシア対談「ジェンダーを学ぶと生きやすくなるよ」【後編】

対談・鼎談

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自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ

『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』

著者
アルテイシア [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041126516
発売日
2022/12/27
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』刊行記念 望月衣塑子×アルテイシア対談「ジェンダーを学ぶと生きやすくなるよ」【後編】

[文] カドブン

文/雪代すみれ

笑いながらエンパワーされる作風の「ひょうきんフェミニスト」で、作家のアルテイシアさんと東京新聞記者の望月衣塑子さんの対談の最終編です。岸田首相が突然打ち出した軍拡の根底にはジェンダーの呪いが…? ジェンダー差別がはびこるヘルジャパンを生きるためのサバイブ術を考えました。

▼望月衣塑子×アルテイシア対談「ジェンダーを学ぶと生きやすくなるよ」【前編】
https://www.bookbang.jp/review/article/751142
▼望月衣塑子×アルテイシア対談「ジェンダーを学ぶと生きやすくなるよ」【中編】
https://www.bookbang.jp/review/article/751149

■望月衣塑子×アルテイシア対談
【後編】ヘルジャパンを生きるためのサバイブ術

『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』刊行記念 望月衣...
『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』刊行記念 望月衣…

■「弱いから負ける」の妄想劇場

望月:教育投資という点に関していえば、政府はあれだけ「お金がないから教育無償化はできません」といっていたのに、いきなり2022年末に「軍事費に5年で43兆円の予算をつけます」という話になったよね。年4兆円増に対して、3兆円を剰余金や歳出改革で、あとの1兆円は復興特別所得税から1%、法人税、たばこ税からあてる、と。そういった具体的にどこから費用を捻出するかの話までされていて、そのスピード感には目を見張ります。
 そんな簡単に4兆円が作れるなら、憲法改正で教育の無償化を書き込むと息巻いていた自民党のおじさんたちはなんだったんだろう。軍拡より先にそっちをさっさとやってよ、やれば作れるじゃんと、心底、怒りが沸いてきました。
 昨年7月から元朝日新聞の尾形聡彦記者が立ち上げたYouTube番組「Arc Times」で、TBSスペシャルコメンテーターの星浩さんをゲストに呼んで聞いたら、なんとその43兆円が、昨年の6月ごろには既に決まっていたというんです。もしそうならあまりにも国民を馬鹿にしている話だよ。アルちゃんはこのことはどう思った?

アル:「弱いから負ける。軍拡して強くなれば勝てる」みたいな、おじさんの妄想劇場に付き合わされるのはまっぴらごめんですよ。 
 それこそ、第二次世界大戦では膨大な数の人々が餓死したわけで。今だって日本はカロリーベースの食料自給率は30%台と低く、外国からの輸入に頼っている。日本は兵糧攻めされたらアウトだし、原発を狙われてもアウトだよね。
 そんなこと世界中が知ってるんだから、軍拡は抑止力にならなくて、緊張感を高めるだけだと思う。もっと本気で外交努力をして、戦争しないための努力をするべきでしょう。

望月:本当にそうだよね。今回の件で私は、今までリベラルだと思っていた男性識者が「軍拡自体は否定できない」「中国が軍拡進めているんだから、敵基地攻撃能力くらいはもたなきゃ」などと言っているのに衝撃を受けました。

アル:「このままじゃ戦争になるぞ」と国民を恐怖と不安で支配して、税金という名の御布施を搾り取ろうとする。カルトと同じ手法じゃないかと思うよ。

望月:世論調査では敵基地攻撃能力保有に対する意見は全体だと過半数が賛成。男女別で見ると、男性は66%が賛成だけど、女性は賛成47%、反対47%で半々(2022年12月の朝日新聞の世論調査)。男性の方が軍拡に対する賛成傾向が見えるんだよね。

アル:男性は子どもの頃から「男は強くなければ、やられたらやり返せ!」と刷り込まれてるのが関係してるんじゃないかな。
「男だったら泣くな」とか言われて育つと、子どもは感情を表現するのが怖くなって、自分の感情がわからなくなるし、感情を言葉にできなくなる。すると人と深いつながりを築けないし、話し合いもできなくなる。
 そういう男らしさに呪われたおじさんたちが政治家になって、意思決定権を持ってるから、「拳で勝負だ!」みたいな状況になるんじゃないかな。

望月:ほんと武器を買う前に話し合えよって思う。そのためにも子どものころからジェンダー教育をして、男性たちをジェンダーの呪いから解放してほしい。

アル:「強者になれ、勝者になれ」っていう新自由主義、弱肉強食もそうだよね。私は「女の子は翼を折られて、男の子はケツを蹴られる」と書いてるんだけど、自分がケツを蹴られ続けると、他人のケツも蹴りたくなる。そんな呪いの連鎖を断ち切りたい。

■本音を話せる場で傷つきをいやそう

望月:そうだね。あともっと女性の政治参画も増えてほしい。国会を見てても、税制調査会を見てても、女性が本当に少ない。
 アルちゃんの本にもあるけど、2022年のジェンダーギャップ指数は、日本は146か国中116位と中国(102位)や韓国(99位)、ほかのアジア諸国よりも下位にいる。
 この指数は政治、経済、教育、健康の4つの分野に分かれていて、教育については、日本は146か国中1位だし、健康も63位とまあまあ。一方で、政治の分野は139位と本当に後がない状況だよね。
 政治の場に女性が増えれば、教育投資や社会保障を大事にして、憲法9条を軸に国の骨格を決めていく方針に変わるんじゃないかな。軍拡や国防という「マッチョ」な古い男性的な考え方が、国の中心政策に据えられて、教育や貧困、少子化といった生活者目線の政策がとことん後回しにされている。こんな先進国はそうない。悪化の一途を辿る少子化は、間違いなく日本を滅びさせてしまうというのに……。

アル:ほんとそう。日本は子どもに対する投資もすごく低いよね。子どもの7人に1人が貧困状態にあるのに、防衛費倍増してる場合か⁈ と怒髪天ですよ。
 男性中心社会で女性や子どもの問題は後回しにされてきたから、女性議員が増えることで、政策の優先順位が変わるよね。

望月:いきなり国会議員でなくとも、地方議員とか、地域で活動するとか、政治参画する女性が増えればと思ってます。

アル:日本は政治の話はタブーという風潮が根強いよね。アメリカに留学してた女の子は、寮でお酒を飲みながら政治ショーを見て意見を交わすのが楽しかったのに、日本に帰ったら政治の話ができる場がなくなったって。
 彼女は私が運営するコミュニティ「アルテイシアの大人の女子校」に参加して、ようやく政治の話をできる場ができたと言ってた。

望月:アルちゃんはそういう場を作ったり、女性の輪を作ることに積極的で素敵だなと思う。大人の女子校で芋掘りに行ったりしてるんでしょ?

アル:みんなで掘った芋を焼いて食った翌朝、すげえ長い屁が出てびっくりした(笑)。
 私自身、頼れる家族がいなかったから、女性同士で支え合える場を作りたかったんだよね。

望月:そういうコミュニティをやっていくなかで、参加者が連帯や学びを深めて、自信をつけたり、変化しているという実感はある?

アル:めっちゃあるよ! 安心して本音を話せる場があって、みんなに「わかる!」と膝パーカッションしてもらうことで、傷つきが癒されて自信を持てた、という声をよく聞きます。
 セクハラ上司に言い返せたとか、毒親と縁を切れたとか、モラハラ夫と離婚できたとか、そういう報告もよくもらう。
 あと神戸市東灘区ジェンダーしゃべり場も、高校生から70代までたくさんの女性が参加してくれて、ジェンダーや政治の話で盛り上がってる。参加者のグループチャットもあって、みんなで議会の傍聴に行ったり、フェミニズム映画を見に行ったりもしてるよ。

望月:社会を変えるポテンシャルを持っている女性は自分でも気付いていないけど本当にたくさんいるから、連帯してうねりを起こしていきたいよね。

アル:うん。国政選挙は壮大すぎて「自分の1票じゃ変わらない」と思っちゃうかもしれないけど、たとえば地元の県会議員や市会議員を調べてみるとか、推しを見つけて応援するとか、身近なことで一人一人にできることはあるよね。私も自分の地域からできることをコツコツやっていきたいと思ってる。地元に友だちが増えるのも嬉しいしね(笑)。

■ジェンダーを学んで他者の痛みに気づけるようになった

アル:おじさん芸人が「最近は窮屈になって生きづらい」とか話していると「そうですか、私は生きやすいです」と返したくなるんだけど。それって「昔は言葉で人を踏みつけても怒られなくてよかったな~」と言ってるようなものだよね。昔からその言葉に傷つく人たちはいて、SNSによって可視化されただけだと思う。
 欧米では権力者や強者を風刺するコメディが人気だけど、日本はマイノリティを揶揄したり、差別や偏見を助長したり、弱い立場の人を踏みつける笑いが多くて、今はそれが批判されているよね。

望月:もともとコメディというものは、弱者とか弱い人の痛みを共有して、それを笑いに変えるイメージだった。たとえば立川談志や永六輔みたいに。
 でも最近は芸人に限らず、リベラル系のコメンテーターでも強者寄りな人が多いと感じる。テレビで発信できるのは一つの権力だと思うから、力のある人たちが、なぜ弱者を痛めつけるような側に立つのかは疑問に思うよ。

アル:たしかに。今の若い人たちは人権意識が高いから、「弱者を痛めつけるようなネタは笑えない」という人が多いよね。

望月:ジェンダー教育や人権教育が進めば、そういう人がもっと増えるんじゃないかな。中高年でもジェンダーを学ぶことで、弱者を痛めつけるような笑いに違和感を覚えるようになると思う。

アル:そうだね。お笑いに限らず、「昔は楽しめていた作品が、今はもうしんどい」みたいな話はよく聞く。
 私も性的同意を無視した無理やり系のエロとか無理だわ。昔は下校中の男子高校生を天狗がさらうみたいなBLを読んでたけど、今はもうしんどい。

望月:天狗(笑)。

アル:相手が天狗でもしんどい。お笑いもそうだけど、人々のアップデートが進んだぶん、時代遅れな人が目立つよね。「ポリコレとか気にしてたらおもろいことできへん」とか言う人に限って、つまらないし。

望月:私が弱者の痛みに気づけるようになったのは、アルちゃんをはじめ、いろいろな場で痛みを持った人、生きづらさを感じている人の声を聞くようになったからだと思う。
 これまで見過ごしていたり、モヤモヤしていたことに対して、「これっておかしい」「差別だよね」と気づけるようになるのが、この本だと思います。

アル ありがとう。あらゆる問題が山積みのヘルジャパンだけど、これからも共にがんばっていきましょう~!

■プロフィール

■アルテイシア

作家。神戸生まれ。オタク格闘家との出会いから結婚までを綴った『59番目のプロポーズ』でデビュー。現在はウェブ媒体などを中心に、女性が心地よく生きることをテーマに執筆している。ユーモアあふれるその文章には性別を問わずファンが多い。最新刊は『田嶋先生に人生救われた私がフェミニズムを語っていいですか!?』。ほか著書多数。

■望月衣塑子(もちづき いそこ)

1975年、東京都生まれ。東京・中日新聞社会部記者。慶応義塾大学法学部卒業後、東京新聞に入社。各県警担当の後、司法担当として東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。現在は社会部遊軍記者。経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅官房長官の会見に出席。質問を重ねる姿が注目される。そのときのことを記した著書『新聞記者』(角川新書)は映画の原案となり、日本アカデミー賞の主要3部門を受賞した。著書多数。

■作品紹介

『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』刊行記念 望月衣...
『自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』刊行記念 望月衣…

自分も傷つきたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ
著者 アルテイシア
定価: 1,430円(本体1,300円+税)
発売日:2022年12月27日

ジェンダーを知ると生きやすくなるよ――自由に自分らしく生きるヒント
(目次)
第一章 「繊細すぎる」という言葉に傷つくあなたへ
1 ジェンダーを学んで生きやすくなろう
2 ジェンダー感覚をアップデートさせる秘訣
3 心と体を傷つけられないための護身術
4 好きなおでんの具はなんですか--ハラスメントをなくすために

第二章 うっかり誰かを傷つけたくないあなたに
1 「○か月だったらもうしゃべるの?」--相手のつらさに寄り添うために
2 「そんなの普通だよ、大丈夫だよ」--苦しみを無視しないために
3 「〇〇なんて関係ないよ」--自分の特権に気づくために
4 「老後は沖縄に住みたいな」--無邪気に消費しないために

第三章 パートナーのジェンダー問題に悩むあなたへ
1 アサーティブな対話で夫婦円満ライフハック
2 「拙者のトリセツ」を作って夫婦円満ライフハック
3 ジェンダーの話になるとケンカになる問題
4 夫と子育てするのが無理ゲーすぎる問題
5 夫婦の家事問題を解決するライフハック
6 男性育休取得のためのライフハック

第四章 ヘルジャパンで傷ついた女子のお悩み相談室
1 恋愛経験ゼロだけど幸せな結婚がしたい
2 喪女歴が長すぎて婚活がうまくいかない
3 痴漢されてから婚活意欲が激減してしまいました
4 ジェンダーイコール男子はどこにいる?
5 発見! ジェンダーイコール男子はここにいた

特別対談 小島慶子さん×アルテイシア 「ジェンダーを知ればやさしくなれる!」

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202001252/

KADOKAWA カドブン
2023年03月13日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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